題名:ダブルレンティング    劇団:劇団ぼるぼっくす    作者:上野 小夜  ---------------------------------------------  著作権について  ・本ページで公開されている作品の著作権をはじめとするすべての権利は   全て作者が保有いたします。  ・このページからダウンロードできる脚本は全て無料で読んでいただいて   結構です。ただし、舞台等で御利用の際は、作者からの上演許可を取っ   ていただくようお願いいたします。  ・必要に応じての改編等も、作者への許可の上行って下さい。  ・著作権料が発生する場合、指定された額を作者へ送金を忘ないように   お願いいたします。本作品おける著作権料は、下記に示す通りです。  ---------------------------------------------   小学校、中学校、高校、その他学生の無料公演・・無料   アマチュア劇団の公演、学生の有料公演・・・・・5000円   プロの劇団の公演・・・・・・・・・・・・・・・全チケット収入の1割     (全チケット収入の一割が5000円に満たない場合は5000円)     [2]の場合、公演の2週間前までに、     [3]の場合、公演後2週間以内にお支払いください。  --------------------------------------------- 上原りか…OL。入社4年目。仕事には慣れてきたが、最近うまくいかないことが多い。配置換え希望中。現在の上司とそりが合わない。気分転換に新しいマンションに引っ越して来る。 坂本千恵子…現在2浪中。親にはひとりで勉強したいと言って、実家から遠いマンションを借りてもらっていたが、全然勉強せず引きこもっていたのがばれて、実家の近くにマンションを借りさせられる。 坂本佳代子…浪人生の姉。現実主義者。妹にちゃんとして欲しいため心配でときどき様子を見に来る。 鈴木一郎…20代後半。隣のクレーマー。神経質で決まりごとが好き。 管理人…管理人さん。気弱。すぐ謝る。40代。尖端恐怖症。 引越し屋…20歳。バイトの男子大学生。基本的に使えない。とても使えない。場所を間違える、物を忘れる、物を壊す。でも、バイトをしながら楽しい大学生活を送っている。 ムンバイ…隣のインド人。謎。 ダブルレンティング 第1場 引越しの朝 管理人の案内で外から入ってくるOL。OLは旅行鞄とハンドバックを手に持っている。 管理人 毎日暑いですねー。 OL そうですねー。あ、こちらです。あ、あすみません!これ、前の人が忘れていったワラ人形です、すみませ〜ん…あああああ、床汚れていますね。すいませんすいませんねー…あ。(急に固まる) OL どうしたんですか? 管理人 あ…ヤニ切れた。 OL は? 管理人…私、3分に1回タバコ吸わないとダメなんです。それではこれで失礼します。これから、よろしくおねがいしますねー(言いながら出て行く) OL 大丈夫かな、あの管理人。(荷物を置いて一息。伸びをして落ち着いた感じ) さわやかな曲調。無声演技で。マンションに光が差し込むようなイメージ。暗転できるなら、開演前に暗転して板つき。布団から起きてくる浪人生。勉強してる様子。布団から起き上がってバタバタとバックに荷物を詰めて急いで出て行くOL。二人はかみ合わなくてOK。飛び込んでくる引越し屋。二人とそれぞれぶつかって怒られる。謝る。わたわたとやってくる管理人。謝る。謝り倒す。姉が入ってきて浪人生にだめだし。浪人生いらいら。最後は浪人生とOLが目を合わせ微笑して暗転。  外から引越し屋がやってくる。インターホン。 OL はーい。 引越し屋 イリオモテヤマネコ運輸でーす。荷物持って来ましたー。 OL はいはい、ちょっと待ってください(言いながら立ち上がってドアスコープ覗く。開ける。) 引越し屋 お届けに上がりました! OL どうもありがとうございます。 引越し屋 はい。あーっ重っ。マジ重いこれ。無理。(荷物をどすっと地面に落とす) OL ちょっと!何するんですか!! 引越し屋 あー、すみません。すみません。俺、ホント重いのとか無理で。 OL だって、あなた引越し屋でしょ? 引越し屋 そうなんですけど、人間得意不得意ってあるじゃないですか? OL じゃあ、何が得意なんですか。 引越し屋 ないです。 OL じゃあ辞めなさいよ!あー、もうめんどくさいわね。何でもいいから運んでよ。私はあなたの会社にお金払ってるんですけど。あなたはそのお金の一部で給料もらってるんでしょ! 引越し屋 まぁ、それはそうなんすけど。あ、じゃあ(大発見みたいな顔で)運ぶの手伝ってください! OL はぁ!? 引越し屋 だって一人で運べないし、重いし、壊したら怒られるし……。(当たり前のように)じゃあそっち持ってください。 OL 何で私が……(ぶつぶつ言いながらも手伝い始める。) 引越し屋 いっせーのせ OL はいはい、(荷札の内容物を見て)えっ?(手を離す。引越し屋の足に落ちる荷物。) 引越し屋 いってー。もー急に手を離さないでくださいよ! OL これ、私のじゃないですよ! 引越し屋 へっ? OL だから、これ、そもそも私の荷物じゃないです! 引越し屋 だってここしあわせ荘203号室っすよね? OL そうだけど、私、こんなもの頼んでないわよ! 引越し屋 だってここにそう書いているじゃないですか!?あなた、坂本さんでしょ? OL 上原です。 引越し屋 へっ? OL 上原です。 引越し屋 坂本上原とかそういう OL 上原りかです。ばかにしてるんですか!!いい加減にしてください! 引越し屋 すみません! OL とにかく早く私の荷物持って来てくださいっ! 引越し屋 はいっ。荷物をここに持ってくる。ここに。(と言いつつ動かない) OL ぼけっとしてないでさっさと行く! 引越し屋 はいっ!  音響入る。慌しくはける引越し屋。 以下マイムで OL はぁ、折角片付けしようと思ったのに。仕方ない、買い物でも行くか。  OL、大きい荷物を一つ隅に置き、小さいハンドバックを手に取り、外へ出る。 第2場 引越しの朝 PART2 管理人、姉、浪人生が入ってくる。 管理人 どうぞーこちらですー。 姉 どうも。結構きれいね。 浪人生 んーー… 管理人 ……ん?…あ、私3分に1本タバコ吸わなくちゃいけないのでこれで失礼しますー。 姉 何あの管理人。 浪人生 さぁ? 姉 これ、あんたの? 浪人生 んなわけないじゃん。あー、前の部屋の方がよかったなぁ。 姉 あんな不衛生なところで快適なのはあなただけよ。 浪人生 別に自由じゃん。どんなとこにいたって。 姉 そんなだから勉強もはかどらないんでしょ。 浪人生 …… 姉 千恵! 浪人生 うるさいなー。今年は受かるよ。 姉 そりゃそうでしょ。三浪なんて洒落にならないわよ。浪人なんてすればするほど合格率下がるんだから。 浪人生 知ってるよ、そんなこと。 姉 ならいいんだけど。あんた荷物は? 浪人生 全部引越し屋に頼んだよ。そろそろ来るんじゃない。11時ころでお願いしたし。 姉 そう。じゃあ、まだ片付けもできないのね。 浪人生 だからそう言ったじゃん。大体子どもじゃないんだから引越しに付き添いなんていらないよ。お姉ちゃん、早く仕事行ったら? 姉 午前休取ってんだから大丈夫。午後に間に合うように行くわよ。 浪人生 あっそ。仕事楽しくないの? 姉 うーん、まだ入社して半年だしそんなにわかんないよ。とりあえずできることやってく感じかな。 浪人生 ふーん。 姉 大学は楽しかったけど? 浪人生 (かなりいらっときて)もう、ほんとうるさい。さっと行ってよ。片付けくらい一人でできるから。 姉 (ちょっと気圧されて)あ、そ。じゃあ、どっかでゆっくりランチでも取っていくわ よ。じゃね。 浪人生 さよーなら。  荷物を持って出て行く姉。ドアが閉まってほっとする浪人生。 浪人生 やっと行ったよ……(部屋を見渡して)あーあ、前の部屋のほうがよかったなあ……  ちょっとごろごろしているところに鳴り響くインターホン。 浪人生 はーい。 引越し屋 イリオモテヤマネコ運輸です! 浪人生 はーい。(開ける) 引越し屋 失礼しまーす。荷物お届けにあが……うわっでかくなった!(荷物落とす) 浪人生 はっ? 引越し屋 いや。さっきと違う人だったのでびっくりして…… 浪人生 そりゃ前の現場とは違う人でしょ。 引越し屋 いや、そうじゃなくて……。あ、それより、今度こそちゃんと持って来ましたよー。 浪人生 今度こそ? 引越し屋 (気にせず)はい、こちらで間違いないですね。上原りか様、と。 浪人生 はい? 引越し屋 だから、上原りか様の荷物でお間違えはないですよね。 浪人生 知りませんよそんなこと。 引越し屋 えっ?だからさっき…… 浪人生 なんで私が上原りかの荷物かどうか知ってなくちゃいけないんですか。 引越し屋 はい?だってさっき…… 浪人生 (イラっときて)さっきからさっきさっきさっきさっきってうるさいですね。さっきって何ですか? 引越し屋 (急にテンション下がって)そんなにさっきさっき言わなくても…… 浪人生 あなたが言ってるんでしょーが!! 引越し屋 だから、さっき荷物間違えて怒られたから今度はちゃんと上原りか様の荷物を持ってきたんですよ! 浪人生 私、坂本ですけど? 引越し屋 はっ? 浪人生 だから、私坂本です 引越し屋 えーと、上原さんじゃない? 浪人生 違います。 引越しや 妹さんとか? 浪人生 違います。大体名字違うじゃないですか 引越し屋 いや、ほらそれはかてーのじじょーとかいろいろ 浪人生 ないんで!生まれたときから坂本なんで。もうほっといてくださいよ…。 引越し屋 すみません。すみません。 浪人生 (遮って)いいから、さっさと私の荷物を取ってきてください! 引越し屋 はいっ! 失礼しましたー。  急いで飛び出して行く引越し屋。それを見送りバタンとドアを閉じる浪人生。 浪人生 はぁ、もう。最悪!  場転で音響入れる。まったりした昼下がりの感じ。自分の荷物から新聞紙か何かを出してきて隅で寝っ転がる。 ちょっと間が空いて部屋に入ってくる管理人。明らかに怪しい。寝ている坂本を確認。そろそろと部屋を探り、 上原の旅行鞄を手に取る。自分のミスに気付く。慌ててでもどうしようもないからとりあえず坂本に新聞紙か何 かをいっぱいかけて帰っていく。 第3場 遭遇  部屋に帰ってくる上原。上機嫌でハンドバッグを置く。置いてから荷物に気付く。怪訝そうな上原。 上原 私の荷物。いつの間に? さえぎってインターホンが鳴る。 上原 はーい。  ドアを開ける。開けると鈴木がぼうっと立っている。 鈴木 ……… 上原 あの、どちらさまでしょうか? 鈴木 (勝手に部屋に上がり)人に名前を尋ねるときは自分から名乗るべきです。 上原 はっ? 鈴木 正論でしょう? 上原 いや、でもいきなり訪ねてきているのはあなたですし。大体人の部屋に勝手に入らないでくださいよ! 鈴木 …… 上原 あの、ご用がないなら帰っていただけませんか? 鈴木 鈴木です。 上原 はぁ…… 鈴木 鈴木一郎です。名乗ったんだから名乗ってください。 上原 何かそんな典型的な偽名…… 鈴木 (遮って)偽名!?偽名っていましたか今あなた!私の名前は生まれた時から鈴木一郎です!何か文句あ るんですか!ほら、これ免許証。見えますか!? 上原 (免許証が近過ぎて)見えません! 鈴木 見えますか!? 上原 (今度は遠過ぎて)見えません! 鈴木 鈴木一郎って書いてありますよね。イチローは良くて、私が鈴木一郎じゃいけないんですか!! 上原 何かごめんなさい。 鈴木 (急に普通のテンションに戻って)わかればいいんです。隣の者です。以後失礼なことはおっしゃらないでいただきたい。 上原 あ、お隣の方(すごく嫌そうに) 鈴木 何ですか? 上原 いえ、ごあいさつが遅れましてすみません。上原りかと申します。よろしくお願いします。 鈴木 上原さん。いいですね。(小声で)日本人の人名ランキングトップテンに入っていない。 上原 はっ? 鈴木 いえ、こちらのことです。とにかく、これから致し方なく隣で暮らすわけですからよろしくお願いしますね。あぁ、引越しそばは不要ですから。私はそばよりうどんの方が好きです。では。  勝手に帰っていく鈴木。 上原 はぁ?何あれ。うどんを寄越せってこと?  途方にくれる上原。気付くと目の前に立っている管理人。 上原 わっ! 管理人 …すみません。 上原 いえ、こちらこそ驚いてすみません 管理人 驚かせてすみません。 上原 いえ。でも急にどうされたんですか? 管理人 急にあらわれてすみません。 上原:え、ちょ、何なんですか、困ります! 管理人:あの……少し外でお話ししませんか? 上原 はぁ…ここじゃダメなんですか? 管理人 すみません。ここはちょっといろいろなことがありおりはべりいまそかり…… 上原 はぁ……何あれ。空き巣?? 管理人 (不自然に饒舌になって)いや、きっと誰かが焼き芋でも焼こうとしたんじゃないですか? 上原 何で私の部屋で。 管理人 いやー、今日はやきいも食べたい気分だな、いしやーきいもー♪。 上原 こんなクソ暑いのにやきいもなんか食べないでしょ。あぁ、もうとりあえず武器。包丁、包丁。 管理人 包丁?包丁?いや。私、先端がとがったものを見ると気を失うんです。包丁はやめましょう。 上原 あー、包丁どこにも見つかんない。管理人さん、金属バットとかないんですか! 管理人 あ、金属バットだったら私の部屋にあるので取ってきてください。 上原 わかりました!ちゃんと見張っててくださいよ。 管理人 まかせてください!  上原、外へ出ていく。管理人、上原が出た瞬間ドアに鍵をかける。 管理人 (坂本に)狼は北をめざしてオホーツクの森をかけぬけていった。 坂本 はっ? 管理人  …狼は北をめざしてオホーツクの森をかけぬけていった。 坂本 はあ… 管理人 敵が襲来してくるという意味の暗号です。早くどこかに逃げるか隠れてください。  坂本わからないながら隠れるところを探す。外から上原の声。 上原 何で鍵かかってるの!?管理人さん!?  管理人、坂本を隠し、ドアを開ける。 管理人 すみません。つい癖で。 上原 しかも金属バットなかったんですけど!とりあえずほうき持ってきました。で、どろぼうは? 管理人 それが…… 上原 いない!? 管理人 消えました。 上原 あれは?(まっすぐ坂本を指す) 管理人 すみません。 上原 何なのよ、もうとりあえずそこの強盗! 坂本 (覗いてびくっとする) 上原 人の部屋で何やってるの!言わないと片付けるわよっ。 坂本 …… 管理人 やめてくださぁい! 上原 うるさい!せっかく気分転換に引っ越したのにさっきから引越し屋は荷物間違うし… 管理人 すみません 上原、変な隣人はくるし… 管理人 すみません 上原 強盗は出るし 管理人:すいません 上原:なんなのよ、ここは! 管理人 すみません。 上原 謝って済んだら警察はいらないわよ!弁護士も裁判官も検察も、みーんないらないじゃない! 管理人 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私が悪いんです!間違えて二重貸ししましたぁ〜! 上原・坂本 はっ? 管理人 すみません。 上原 二重貸し? 坂本 つまり、その人もこの部屋借りたんですか? 上原 じゃあ、どろぼうじゃなくて、その子も…… 管理人 ……ごめんなさい。 第4場 みんなで仲良く  場違いに鳴り響くインターホン。 引越し屋 失礼しまーす!イリオモテヤマネコ運輸です。  無表情で開ける上原。 引越し屋 うわっ戻った! ってか両方いるし。どゆこと!? 上原 初めて気が合ったわね。私もそれが聞きたいわ。 坂本 私も聞きたいですね。 管理人 ……。 引越し屋 なんかよくわかんないけどとりあえず俺悪くなかったんじゃね!?切れられ損? 上原 うるさいわね。調子に乗らないでよ。 引越し屋 すいません。 管理人 すべて私が悪いんです。この部屋ともう一つ上の部屋が1週間後に空くのに勘違いして…… 坂本 二人ともこっちの部屋にしちゃったと… 管理人 今日、二人とも鍵を取りに来るのでおかしいな、と 上原 もう少し早く気付きなさいよ。 管理人 それでもまさかと思っていたのですが、引越し屋さんが二回来ているのでよもやと 坂本 人の話聞いてないんですか? 管理人 それで部屋に入って確かめたら二人分の荷物があったのでこれは証拠隠滅を図るしかないと思いまして…… 引越し屋 この人、会話通じない? 管理人 すみません。うちのマンション。変な人が多くて、クレーマーみたいなのも多いから人の話を聞かない癖がついてしまって。 上原 あぁ、鈴木一郎とかね。 管理人 ほかにもいろいろいるんです。失恋してから永遠に般若心境を唱えている女性とか隙あらば勧誘に来る自称教祖とかあと(声だけ録音でおかしな人々を何パターンか入れる)とにかく、変な人ばっかりで段々考えるのも人の話を聞くのも嫌になったんです。 坂本 だからって…… 管理人 もう、許してくださいー。来週には上の部屋が空くんでそれまで我慢してください!ごめんなさい!(言うだけ言って逃げる) 坂・上・引 えっ!ちょっと(口々に) 引越し屋 えー、じゃあ俺もちょっと伝票確認して、荷物全部持ってきまーす。  引越し屋、逃げるように去る。 上原 何か、疲れたわね。 坂本 そうですね。 上原 今更ですが、上原りかです。よろしく。 坂本 坂本です。あんまりよろしくしたくないんですけど…… 上原 それはお互い様でしょ。 坂本 まぁ、そうですね。上原さんは1週間泊めてくれる彼氏とかいないんですか? 上原 あなた、結構デリカシーないわね。ほっといてよ。そっちこそまだ若いんでしょ?実家は? 坂本 家帰ると勉強しろってヒステリー起こす姉がいるもので。 上原 大変ね。受験生? 坂本 まぁ。 上原 とりあえずお互い出ていく気はないってことね。 坂本 ……そういうことになりますね。 上原 一応これから1週間でも一緒に住むことになるんだからそんなに嫌そうにしないでくれる? 坂本 こういう顔なので 上原 あ、そう。 坂本 はい。じゃあ、私、あっちの方使いますね。なるべくお互い干渉せず行きましょう。(返事を聞かずに、部屋の隅で新聞をどけて荷物を出してタオルケットととかかけて寝る) 上原 前途多難。 坂本 (タオルケットの中から起き上がって)はい? 上原 いや、何でもない。何か、私も寝ようかな。お休み 坂本 …… 上原 返事なし、と。 第5場 嫌な日常  ゆるい音楽入る。音楽でつないだまま照明暗くなる。明るくなる。バタバタと支度して出かけていく上原。 上原 (寝ている坂本に向かって)行ってきまーす。 坂本 うーん。(ムニャムニャ的な。しょーもないこと言ってもいいです。) 上原 はぁ。  上原出かけて行く。音楽入れたまま。蝉の声入る。 坂本 暑っ。もう二時か。はぁ。勉強、するか。(荷物から参考書を取り出す。ちょっと読む)暑い。荷物、まだないのか。(部屋の中をうろうろ探し、ペットボトルを見つける。飲む)暑い。(参考書開く。開いたまま寝る)  照明ちょっと暗くなる。上原帰ってくる。音響、ここで下げる。虫の声クロスフェードで入る。 上原 ただいまー。 坂本 …… 上原 そんなとこで寝たら風邪ひくよ。 坂本 …… 上原 坂本さん! 坂本 んー…? 上原 ただいま。 坂本 あぁ。どうも。 上原 そんなとこで寝てたら風邪引くよ。 坂本 大丈夫ですよ、暑いですから。(ペットボトルを飲む) 上原 それ、もしかして私の充実野菜!? 坂本 あ、すみません。暑くてつい。 上原 ついって! 坂本 ごめんなさい。 上原 飲み物くらい買いにいけるでしょ!  気まずい空気を破るようにインターホンが鳴る。 管理人 すみません。 上原 はいはい。 管理人 昨日は本当に失礼いたしました。 坂本 そうですね。 管理人 お詫びのしるしにと思いまして、これ(タバコ1カートンを差し出す) 上原 いや、私吸わないですし。 管理人 坂本さんは? 坂本 私も吸わないです。 管理人 (信じられないといった感じで)えっ!?そうなんですか!吸わないんですか? 上原 そんなに驚かれても 管理人 吸わないんじゃ、ライターも灰皿もいらないですよね!! 坂本 そうですね。 上原 そんなことより、スムーズに上の部屋に移れるように手配していただけた方が…… 管理人 (遮って)あ、そういえばいつもの引越し屋さん呼んでおきました!荷物両方持ってきてくれるそうですー。 上原 それを先にいってほしかったですね。  インターホン鳴る。 引越し屋 イリオモテヤマネコ運輸でーす! 管理人 あ、じゃあ私はこれで。 坂本 何しにきたんですか。  管理人出ていく。 引越し屋 あ、どうもー。 管理人 あ、よろしくお願いしますねー。 引越し屋 (荷物を二個持って)重っ!マジ重っ!無理。(上原の荷物の上に全部置く) 上原・坂本 あっ! 上原 ちょっと何してるんですか! 引越し屋 あー、すみませんすみませんすみません。(荷物をどける)俺、重いのとかほんと無理で。 上原 それはもう聞きました。 引越し屋 すみません! 上原 (荷物の中を見て)あぁー。 引越し屋 (不安そうに)あー? 上原 本折れた。これ、お気に入りなのに! 引越し屋 (ほっとしたように)なんだ本か。 上原 何安心してんのよ!これ、昔から大事にしてるやつなのに。もうー。  そこにやってくる管理人。 管理人 一つお伝えするのを忘れておりました! 上原 なんなんですか!今、取り込み中なんです。 管理人 騒いでいるとインド人が来ますのでご注意ください。 上原・坂本・引越し屋 はっ? 管理人 だから、騒いでいると、混ざるためにインド人がやってきます。  管理人を遮って鳴るインターホン。 坂本 嫌な予感がしますね 管理人 これですよ、これ。  インド人、場違いに陽気に入ってくる。 インド人 お、ドア開いてたね。お晩で〜す。あ、僕インド人だった。ナマステナマステ。 管理人 これが隣のインド人です。 上原 はぁ… 引越し屋 いや、こいつ日本人だろ!どう見ても。 インド人 日本人!?違う違う、私インド人。零発見した。カレー大好き!ヨ〜ガ〜。 引越し屋 うそくせー。 インド人 引越してきたって聞いて飛んできたね。でも、昼間静かだった!今、にぎやか!私、やってきたね。引越し!人増えるお祝いする。 坂本 しゃべり方は完全に中国人ですよね。 インド人 ほら、みんなカレーでお祝いだよ! 上原 ってか絶対日本人でしょ! 管理人 このマンションいろいろ大変なんですよ。 上原 何か今はあなたの言葉が無駄に説得力を持っています。 インド人 あれ?人多いね。アン、ドゥ、さん!三人も住むの?人増える楽しいいいねー!! 引越し屋 そう、楽し……俺はすまねーよ! 管理人 じゃあ、そういうことで私は失礼しまーす。後はよろしくお願いしまーす。  管理人、外へ飛び出して行く。 インド人 おーやさーん、飲まないのー? あ、お酒持ってくるの忘れちゃった。オーマイガー。大丈夫、待ってて。ちょっとかっぱらてくるよ! お、そこの少年付き合えよ。 引越し屋 えっ俺? ってかかっぱらうって!?何で俺がそんな事…… インド人 (遮って)いいから、いいから!慶びの酒、菊正宗〜  インド人、引越し屋を連れ、外へ出ていく。 上原 ちょっと! 坂本 嵐みたいな人ですね。 上原 あーあ、私の本。 坂本 災難ですね。 上原 もう。(乱暴にしまう)大体充実野菜もないしっ! 坂本 ごめんなさい。  引越し屋が酒を抱えて戻ってくる。 引越し屋 ドア、開けてくれー。 上原 帰ってきた(いやいやドアを開ける) 引越し屋 (酒を持って入ってくる)あいつ、ほんとにかっぱらってきてるんだけど。 坂本 (さすがにぎょっとして)お店からですか!? 引越し屋 いや、隣の変な奴。 上原 鈴木一郎? 引越し屋 あぁ、それ。神経質そうな奴。 上原 (なげやりに)じゃあ、いいわよ。 坂本 いいんですか!? 上原 うん。何かとってもめんどくさい奴だったから。 引越し屋 あぁ、すっげー厭味ったらしく何か言ってたけど、あのインド人人の話聞かないからさ。 上原 変人対変人。 坂本 何か、大変なんですね。このマンション。 引越し屋 まぁ、いいやせっかく酒持ってきたんだし飲もうぜ! 上原 そうね(段ボールを動かす) 坂本 そうですね。酒でも飲まなきゃやってられないですね。 上原 それは私のせりふよ。大体、ちょっとあなた未成年でしょ。 坂本 残念ながら二浪してるもんで二十です。(お酒を手に取る) 上原 ごめんなさい。大体あなたも… 引越し屋 あ、俺はジュースもらってきたんでご安心を。  そこにやってくる鈴木一郎。 鈴木 あなた方!それは私のお酒ですよ! 引越し屋 げっ出た!  追って入ってくるインド人。 インド人 まぁ、硬いこと言わないの。(鈴木にお酒を持たせる)ほらほら飲むよ、かんぱーい。  音楽入る。音合わせで動く。怒る鈴木。なだめるインド人。酒を飲むと寝てしまう鈴木。 飲んで絡みだす坂本。笑い上戸の上原。右往左往する引越し屋。 インド人 さて、眠くなったし帰るか。 引越し屋 あんたほんと自由だな。ってかほんとは日本人だろ? インド人 内緒。ほら、鈴木さんも帰るよー。鈴木さん。しょうがないなあ、ヨ〜ガ〜。  インド人、鈴木を引きずって帰る。 引越し屋 じゃあ、俺も帰ろうっと。荷物は結局両方あっていいんだよな。 上原 いいわよー。またいつでも来なさいよ。 坂本 来なくていいっ! 引越し屋 はいはーい。じゃあ、失礼しましたー。  引越し屋、元気に出ていく。 第5場 祭りの後 しーんとする室内。ちょっとの間二人とも静か。 上原 はぁ〜。 坂本 やっと静かになりましたね。 上原 そうねー。ってかあんた酒癖悪すぎでしょ。めちゃめちゃ絡んでたわよ。 坂本 ほっといてくださいよ。上原さんこそ、笑いすぎですよ。「あはははは、こんな楽しいの久しぶりー」とか言ってましたよ。普段どんだけつまんないんですか。 上原 つまんないんだもん。 坂本 彼氏がいないから? 上原 絡むわねー。違うわよ。いないけどそうじゃなくて。 坂本 カイシャ? 上原 ありきたりですみませんね。 坂本 まぁ、人生ってそんなもんなんじゃないですか。 上原 えらそーに。あんたこそ冷めてるわね。若いのに。 坂本 まぁ、二浪もしてますし。 上原 そんなに行きたい大学なの? 坂本 うーん、どうなんでしょう。 上原 聞き返されても。 坂本 いや、自分でももうわからないんですよ。意地なのかも。 上原 意地? 坂本 私はちゃんと勉強してるよっていう。 上原 ……(はっとする) 坂本 何てね。わかんないですよ。そういや上原さんは何でこんな時期に引越しなんか? 上原 ……何か、気分転換したくて。 坂本 気分転換ですか。 上原 そう。代償行為かもね。 坂本 ダイショーコウイ? 上原 私、今の上司と合わなくてさー。この1年ずっと異動願い出してるのに通らなくて。うちの部署、今忙しいし仕方ないんだけど。 坂本 …… 上原 でも、合わないって一回思ってから仕事一緒にしていくのって厳しいんだよね。お互いにイライラしちゃうし。たぶん私がいなければ上司ももっといらいらしないんだろうな、とか思ったり。 坂本 やさしいですね。 上原 そんなことないよー。人手足りてないの知ってて転職活動とかしてるし。 坂本 してるんだ。 上原 うん。でもそれも上手くいかなくて。だからかなー。どっか別のところに行きたくなったの。 坂本 それで引越し。 上原 うん。くだらないでしょ?(笑い飛ばす) 坂本 いえ、全然? (聞こえないようにぼそっと)私より全然。 上原 どうかした? 坂本 いや、生きていくのって大変だなーと。 上原 そーだねー。生きていくのが楽だった時期ってないな。考えてみたら。 坂本 姉は学生時代は楽しかったっていつも言いますけど。 上原 まぁ、楽しかったけど。そのときはそのときで色々悩んでたかなー。 坂本 そんなもんですか? 上原 そんなもんですよ。 坂本 そっか。 上原 さて、寝よっか。明日も片付けとかしなくちゃいけないし。 坂本 そうですね。お休みなさい。 上原 お休み。  何か、タオルケットとか出してきて寝る雰囲気を写しつつ、暗転。 第6場 穏やかな朝 朝っぽいSE入る。鳥とかベタな感じ。上原、先に起きて、自分の荷物の整理などをしている。坂本が起きてくる。 坂本 あ、おはようございます。 上原 おはよう。 坂本 今日は、仕事いいんですか? 上原 土曜日だから。午後は会議があるけど。 坂本 (あくびとかしながら眠そうに)私も片付けないと。 上原 その前に1週間とはいえ、一緒に住むんだからお互いのスペースとか決めない? 坂本 スペース? 上原 まぁ、ほら、お互い快適に暮らせるようにね。  そこに鳴り響くインターホン。 上原 げっ 坂本 今度はだれですかね?  もう一度インターホンが鳴る。 鈴木 いるんでしょう。開けてください。 上原 開けたくない… 坂本 でも開けないとずっといそうですよね。 鈴木 開けてくださらないなら私は待ち続けます。 坂本 ほら 鈴木 何時間でも待ち続けます。 上原 (ため息をつき、ドアを開ける)なんでしょうか? 鈴木 おはようございます(言うなり部屋の中に入っている) 上原 だからっ!!勝手に部屋に入らないでください。 鈴木 挨拶をしたら挨拶を返すのが礼儀かと思いますが。まぁ、いいでしょう。昨日は私も飲みすぎたようで失礼いたしました。 坂本 (ぼそっと)謝ったりできたんだ。 上原 謝ってるの? 鈴木 何ですか? 上原 いえ、なんでも。それはご丁寧にどうもすみません。でも、気になさらないで結構ですよ。 鈴木 いえ、そういうわけにはまいりません。お詫びに何かしないと私の気がすみません。 上原 気が済まないといわれても、ねえ? 坂本 今すぐ出て行ってくれるのが一番のお詫びですね。 鈴木 (聞いてない)よろしければ引越しのお手伝いでもいたしますよ。見ればまだ片付けの途中のようですし。 上原 まぁ、それはそうですが、自分たちでできますし、片付けより前に二人で相談してすみわけをしなければいけませんので。 鈴木 棲み分け……なるほど。じゃあ、私がそれをやりましょう。 坂本 はっ? 鈴木 当事者がやるよりも第三者が決めた方が公平でしょう。(言うなりどこからかテープを持ち出して部屋を仕切り始める)じゃあ、ここからこちらが上原さんのスペース、ここからここが坂本さん。 上原 ちょちょちょちょっと、そんな勝手に!? 鈴木 効率がいいでしょう。(何かを半分に仕切り)これは上半分が上原さんで下半分が…… 坂本 どう考えても使いにくいでしょっ!! 鈴木 それから、ルームシェアに必要な規則も作ってまいりました!(どこからか模造紙を出して見せる) 上原 規則って…… 坂本 この人そういうの好きそうー 鈴木 (勝手に模造紙を張る)これを守れば赤の他人でも平和に暮らせるはずです。 上原 えー 鈴木 一、お互いのことに必要以上に干渉しない 上原 意外とまともだけどそれは今一番あなたに言いたい。 鈴木 一、ゴミ捨ては交互に行う 坂本 そんなに長く一緒に暮らさないんですけど。 鈴木 冷蔵庫の物には名前を書いておく 上原 細かいな。 鈴木 汝の隣人を愛せよ 上原・坂本 嫌です。 鈴木 最後の規則が一番重要です。とにかく、これらを守ればあなたがたの平和は保証されています。では、私はこれで失礼します。  鈴木、唐突に出ていく。 上原 本当に、自由ね。 坂本 管理人さんに同情します。 上原 はぁー何かルールとか決めようと思ってたのに決められちゃったね。 坂本 そうですね。どうかと思うルールですが。 上原 なんだかなぁ。ま、いっか。何か気が抜けちゃった。 坂本 確かに 上原 (時計を見て)会社行く準備しようかな。 坂本 じゃあ、私はちょっと片付けでもしましょうかね。  そこに鳴るインターホン 上原 またっ? 坂本 いや、まさか。  合鍵で入ってくる姉。 姉 もう、いるんなら開けてくれたっていいじゃない。 坂本 (嫌そうに)お姉ちゃん。 姉 何よその言い方。(上原を見て)ってどちら様? 坂本 話せば長いんだけど1週間同居人。 姉 は? 上原 お姉さん? あ、初めまして私上原りかと申します。 姉 はぁ、坂本です。どういうことでしょうか? 妹は受験勉強のために引越しをさせたのですが、そこに友達 が住むとなるとまた話が違うかと…… 坂本 だから、話せば長いんだけどいろいろあるの。上原さんも好きで一緒に住むんじゃないからそういう失礼な言い方しないでくれる!? 上原 あ、私は別に気にしていただかなくても… 姉 (聞いてない)そういう言い方はないでしょう。大体、あなたがちゃんと説明すればすむ話でしょう。 坂本 お姉ちゃん、私の話なんて聞く耳持たないでしょ。大体何でこんなしょっちゅう来るの?そんなに私が信用できない? 姉  問題をすり替えないでよ。大体、実際にあんた勉強してないじゃないの。参考書どこよ! 上原 あのー。 坂本 引っ越してきたばかりで隣人とあいさつしたり片付けしたりしてたんだからしょうがないでしょ。 上原 あの 姉  片付けって全然片付いてないじゃない!!大体何よこのテープ!(いくつかテープを剥がす) 坂本 それは隣の人が勝手に貼って行ったの! 上原 あのっ!!お二人とも話聞いてください!! 姉 (いらっと)何ですか? 上原 話せば長くもないんで先に事情だけでも聴いてください。私と坂本千恵子さんは管理人さんの手違いで1週間この部屋でくらさなければいけないんです。 姉 はぁ。 坂本 嘘くさく聞こえるかもしれないけど本当だから。来週には上の部屋が空くのを今週空くと勘違いして二人受け入れちゃったんだって。 上原 管理人さんのミスでして。勝手にダブルブッキングみたいなことになって私たちどちらも迷惑してるんです。 坂本 でも仕方ないから1週間は一緒に住むことにしたの。わかった? 姉 最初からそう言ってくれればいいじゃない。 坂本 お姉ちゃんがいつも人の話聞いてくれないから…… 上原 (遮って)まぁまぁ、そんなこんなで昨日はバタバタしてたんですよ。だから、千恵子さんも勉強ができなかったんだと思います。 姉 そうですね。ごめんなさい。なんだか上原さんにも失礼な言い方をしました。 上原 いえ、いきなり妹の部屋に知らない人がいたらびっくりしますよね。あ、私そろそろ会社に行くので、よかったらこの部屋でゆっくりしていってください。 坂本 え、上原さん、まだいいでしょ? 上原 いや、気付いたら意外といい時間になってるんだよね。なんかあったら連絡して!じゃあまた。  上原、バッグを持ちバタバタと出ていく。 坂本 いってらっしゃい。 姉 せっかく引っ越したのにね。何かあの管理人さんなら納得だけど 坂本 そうだね。 姉 でもあんた何だか楽しそうだけど? 坂本 別にそんなことないけど。 姉 今回は巣作らないの。 坂本 さすがに他人もいるし。 姉 部屋の隅に縮こまってるのが恥ずかしいって自覚はあったんだ。 坂本 そんなこと、私だってわかってるよ。 姉 なら良かった。引っ越した甲斐もあったってもんね。 坂本 …… 姉 あぁ、食べる? 食べ物ないんじゃないかと思って買ってきたんだけど。(コンビニの袋か何かを渡す) 坂本 いらない。昨日、みんなでご飯たくさん食べたから。 姉 みんな? 坂本 上原さんとか、マンションの他の人とか、管理人さんとか。 姉 そう。良かったわね。ならいいや。私が帰って食べるわ。勉強頑張ってね。じゃあ 坂本 もう行くの? 姉 珍しいわね。行くわよ、せっかくの休日ですから。 坂本 そ、じゃあね。 姉 じゃあね。  玄関を出ていく姉。手を振る坂本。 坂本 さて、片付けるか。あー、その前に寝ようかなぁ。  そこにチャイムが鳴る。 坂本 何、お姉ちゃん忘れ物?  引越し屋が立っている。 坂本 あ、すみません。姉かと思って。 引越し屋 あ、すみません!イリオモテヤマネコ運輸です。 坂本 知ってます。 引越し屋 ですよね。 坂本 昨日はどうも。 引越し屋 いや、こちらこそ楽しかったっす。 坂本 それはどうも。……それで、今日はどうしたんですか? 引越し屋 あ、これにサインもらうの忘れちゃって。確かに荷物届けましたよね? 坂本 あーはい。サインでいいですか? 引越し屋 大丈夫です。ってか敬語とかいいっすよ。お客さんですし、同い年ですし。 坂本 あれ、そうなんですか? 引越し屋 昨日、自分で言ってたじゃないっすか? 坂本 そうでしたっけ? 引越し屋 俺も二十です。 坂本 そうなんだ。……大学生? 引越し屋 まぁ、一応。バイトばっかしてますけど。 坂本 楽しい? 引越し屋 うーん、怒られてばっかっすけどまぁそれなりに? 坂本 そっか。 引越し屋 あ、何かすいません。俺、余計なこと言いました? 坂本 ううん、全然。 引越し屋 何か俺すぐ余計な事言うってみんなに言われるんですよ。 坂本 それは最初に会ったときから思ってる。 引越し屋 まじっすか!? 坂本 まいいんじゃない楽しそうだし。(サインを確認して)はい、これでいい? 引越し屋 はい、ありがとうございます!  引越し屋の言葉を遮ってサイレンが鳴る。 坂本 えっ?火事? 引越し屋 まじっすか?逃げないと!  そこにやってくる鈴木。 鈴木 大丈夫ですからご安心ください。 坂本 何が? 引越し屋 悪いけどあんたに言われても全然納得できない。 鈴木 口開けて。(引越し屋の口にお菓子を入れる)大丈夫です。すぐ終わりますから。 坂本 終わるって何それ避難訓練?  そこにやってくる管理人さん。 管理人 すみません! タバコ吸ってて〜! 坂本・引越し屋 はっ? 管理人 煙がモクモクなんです〜。 坂本・引越し屋 はぁ。 管理人 眠くなっちゃって〜寝タバコしちゃって〜それで警報機が〜。 坂本・引越し屋 止めてください・止めろよ! 管理人 あぁ、すみませんすみません。知らせに来るのに必死で火を消して来るの忘れたぁ〜〜〜 坂本・引越し屋・鈴木 消せ!  引越し屋、鈴木わーわー言いながら管理人を管理人の部屋へ追い立てる。部屋に残る坂本。 坂本 ほんと変なマンション。  音楽入る。玄関の方を見やって伸びでも軽くして寝る体制に。照明変換できれば照明変換。夕方→夜。 上原帰ってくる。 上原 ただいまー。(バッグを置いて部屋の隅を見る。寝ているのを確認して、とりあえず声をかけずに、荷物の整理とかを始める) 坂本 (物音に気付いて起きる)あ、もう夜か。お帰りなさい。 上原 あ、ごめん起こしちゃった? 坂本 いや、寝すぎだしいい加減勉強しないと(苦笑) 上原 夜型? 坂本 うーん、そうかも。あんま昼間外出たくなくて。 上原 あ、だから充実野菜? 坂本 うん。ごめんなさい。 上原 いいよ。大したことじゃないし。じゃあ、勉強の前に夜食でも食べる? 久々に食べたくて買ってきちゃった(何か適当に食べやすいお菓子類を出す。) 坂本 あ、これ私好きです。 上原 美味しいよね。 坂本 そうですよね。……あのー、昼間は姉が失礼なこと言ってすみません。 上原 ううん、全然。お姉さんも気にしてたし。坂本さんのことすごい心配なんだね。 坂本 まぁ、正直前のマンションでは引きこもってたから 上原 そうなんだ。 坂本 うん。何か何するのもめんどくさくなって。ご飯食べるのとか。 上原 …… 坂本 人間って食べなくても生きていけるな、とか思ったり。 上原 でも、糖分頭に回らないでしょ。 坂本 もちろん、勉強なんかはかどるわけないですよ。だから引越しさせられたんです。 上原 じゃあ、私と同じ気分転換だね。そだ、夜ならいいなら、何かもうちょい食料買いに行く? この辺のお店とかも知っときたいじゃない。 坂本 えっ? 上原 夜なら涼しいし、私もこの辺よくわからないけど、一緒にどう? 坂本 はい。  音楽入る。お菓子のごみを片付けて、適当に何かしゃべりながら外に出ていく。  ちょっとしてから合鍵で入ってくる姉。部屋を見てだれもいないことにびっくりする。でも嬉しそ うにして、買ってきた夜食を置いて帰っていく。二人が戻ってきて、置いてある夜食に気付く。それぞれの場所へ。音楽入ったまま暗転。 第7場 別れの朝 朝っぽいSE。 既に起きて新聞か何か読んでいる上原。起きてくる坂本。 坂本 おはようございます。 上原 おはよう。 坂本 今何時ですか 上原 12時 坂本 もうそんな時間ですか。完全に寝坊ですね。あれ、仕事はいいんですか? 上原 今日日曜日だって。 坂本 あぁ、すみません。日付の感覚あんまなくて。いやー、よく寝た。 上原 確かによく寝てた。 坂本 久しぶりに長いこと外にいたんで体がびっくりしたんじゃないですか? 上原 そんなに引きこもってたの? 坂本 そうですねー。1年くらい。今回の引越しで久々に外に出ました。 上原 そりゃ外に出ないと引っ越せないもんね。 坂本 はい。タクシーですけど。 上原 それ、外出たに入るの? 坂本 まぁ、中じゃないですから。 上原 まぁ、そうだけど。  チャイムの音が鳴る。 上原 はーい。(ドアを覗く)あぁ、管理人さん。 管理人 すみません。 坂本 今度は何を焦がしたんですか? 管理人 すみません。 上原 あの、無意味に不安になるんでとりあえず要件を言っていただけませんか? 管理人 すみません。お待たせしておりましたが、上の部屋が空きました! 上原・坂本 えっ? 管理人 上の方が予定より早く引越しされたので、もう使えます。どうぞ引っ越してください。 上原 (そんなにうれしくなさそうに)あ、そうなんですか。 坂本 どうしましょう。 上原 どっちかが引っ越さなきゃだよね。 管理人 また、荷物をまとめたり大変かと思って引越し屋さんを呼んでおきました。 引越し屋 毎度どうもーイリオモテヤマネコ運輸です。 上原 毎度すぎませんか。 引越し屋 今度は何も壊さないようにするし、なんと……余計なこともしないようにします! 坂本 それもどうかと思うけど。 管理人 後、必要かと思いまして、お姉さまもお呼びしてあります。 坂本 えっ? 姉 引越し手伝おうと思ってきたんだけど余計だった? 坂本 別に引越しくらい一人でできるけど。 上原 まぁ、せっかく来てくれたんだしいいじゃない。 管理人 ついでにお隣さんも呼んでおきました。 上原・坂本 何で!! 管理人 すみません、引越しはいつかと尋ねられたものでつい。 インド人 来ちゃった。私親切。手伝う! 鈴木 あなた方!手伝いに来た人に対して何でとは失礼な言い方ではないでしょうか。あなた方が私の力作を処分しないよう見張りに参りました。引っ越した部屋の分も作ってあります(もう一つ模造紙を見せる)! 上原 管理人さん。 坂本 いろいろ余計なお世話。  そこで、またサイレンが鳴り響く。 管理人 すみません!ししゃも焼いてるのを忘れてました。私はこれで失礼します。後はよろしくお願いします。 上原・坂本 ちょっと、管理人さん!!  音楽入る。みんなで音楽に合わせて片付け。上原、坂本はあんまりやる気がない。どっちが引っ越すのか決め るように迫られじゃんけん。上原が出ていくことに決まると引越し屋は本領発揮とばかりに張り切って、片付け を指揮し、段ボール箱を運ばせる。姉は細かく片付けやぞうきんがけとか。鈴木は余計なことばかりして、引越 し屋に怒られる。物がなくなって音楽終わる。 引越し屋 ふぅー、いい汗掻いた。 姉 あなたほとんど何も運んでないですよね。 引越し屋 あ、俺非力なんで。 鈴木 私はなぜあなたに使われなくちゃいけないんですか。 引越し屋 細かいこと言わないでいいじゃないっすか。ほら、きれいになったっしょ。 姉 それはそうなんですけど何か納得いかない。 引越し屋 きれいになりましたよ。ね、上原さん? 上原 …… 引越し屋 上原さん? 上原 あ、うん、きれいきれい。  管理人さん、入ってくる。 管理人 すみません。あ、綺麗になりましたね。お世話様でした。じゃあ、いつでも上の部屋使ってください。どちらが移られるんですか? 上原 私です。 坂本 私がこのままです。 管理人 じゃあ、上原さん鍵などお渡ししますのでお越しいただけますか? 皆さんお疲れ様です。  管理人、上原と一緒に出ていく。 引越し屋 じゃあ、俺もあっちでサインもらわないと。忘れたらまた怒られちゃう。 鈴木 じゃあ、私は新しい上原さんの部屋で引越しそばでも 引越し屋 あ、たかりに行くの!? いいなぁ。じゃあ俺も一緒にたかりたい。 鈴木 たかるなどと失礼な。当然の権利です。 引越し屋 それってたかってるじゃん。(鈴木にお菓子をくわえさせられる)あ、失礼しましたー。またのご利用をお待ちしておりまーす。  引越し屋、鈴木と出ていく。 姉 あんな使えない引越し屋絶対利用しないわよね。 坂本 そうだね。 姉 大丈夫? 坂本 何が? 姉 ……何となく 坂本 何か久々に体動かしたら疲れちゃった 姉 ならいいんだけど。 坂本 何かほかにあるの? 姉 ルームシェアのままでもよかったんじゃない? 坂本 この部屋は一人暮らし用だよ。 姉 …… 坂本 今年受からなかったら止めるよ。あと、受ける大学も増やす。 姉 何よ唐突に。 坂本 いろいろ考えてるんですよー。これでも。あ、夜食ありがとね。 姉 別に。 坂本 お姉ちゃんもいい加減私にばっかかまってないで何か楽しいこと見つけたら? 姉 よけーなお世話です。それなりに人生楽しんでますよ。 坂本 それなりに? 姉 うん。それなりに(笑) 坂本 辛いことは? 姉 それなりに? 坂本 だよね。じゃあ、私勉強しないと。 姉 そだね。じゃあ、私帰るわ。頑張ってね。 坂本 うん、今日はありがとう。 姉 またね。隣のインド人に注意してね。 坂本 お姉ちゃんもクレーマーにクレームつけられないように気を付けてね。  姉、帰る。坂本一人になるとちょっとさびしくなる。若干残っていたバミリとかいじる。上原が戻ってくる。 上原 ただ今―。 坂本 あれ、どうしたんですか?  上原 何かさびしいからもう一晩泊めて。 坂本 さびしいからって上原さん大人でしょ。 上原 大人も寂しいんだよ。ほら、引越し祝いに飲もうよ。(コップにお酒を注ぐ) 坂本 (コップを受け取り)新しい部屋はどうですか? 上原 ここと変わらないよー。(模造紙を指して)あれも貼ってある。 坂本 ってかあの人なんなんでしょうね。 上原 それ私も管理人さんに聞いたんだけど、管理人さんもよく知らないんだって。とりあえずあんまりマンションから出ないらしい。 坂本 それって 上原 引きこもりだねー。ま、家賃はちゃんと払ってるから実は小説家とかかもしれないけどね。 坂本 あぁ何か言葉にストイックですしね。 上原 まぁ、鈴木一郎なんてどうでもいいや。私たちの門出にかんぱーい 坂本 乾杯。(飲む)で、上原さんは引っ越して気分転換できたんですか? 上原 どうだろ? ってか私引っ越してからほとんど仕事いってないじゃん。 坂本 ……それもそうですね。 上原 何か仕事どころじゃなかった。インド人とかボヤとか変な隣人とか似非宗教家とか 坂本 最後のは知らないです。 上原 何かさっき来た。私の新しい部屋の隣に住んでるらしい。 坂本 このマンションおかしいですよね。 上原 まぁねー、あの管理人にしてこのマンションありって感じだよね。 坂本 そうですね。今頃焦げたシシャモ食べてるんですかね。肺がんにならないといいけど。 上原 ま、気は紛れるよね。 坂本 えっ? 上原 いや? さっきの気分転換の答え。 坂本 あぁ、もう流されたのかと思ってましたよ。 上原 とりあえず前よりいい。 坂本 私もです。  上原 良かった。さて、寝るか。 坂本 あれ、早くないですか? 上原 だって明日から1週間仕事だもん。 坂本 それもそうですね。 上原 じゃあ、おやすみ(勝手にその辺で寝ようとする) 坂本 だからってなんでこの部屋で寝るんですか。 上原 まぁ、いいじゃん。ほらさびしいからさ。 坂本 もう、明日はちゃんと帰ってくださいよー。 上原 帰る帰る。じゃあ、お休み。 坂本 おやすみなさい。  音楽入る。二人でお酒のコップを片付けて寝る。一度照明暗くして明るくする。翌日、坂本に起こされる上原。 あわただしく朝の準備をする。新しい本を持って入ってくる引越し屋。謝って渡す引越し屋。苦笑して受け取る 上原。皆で異臭を感じる。管理人さんが謝りにくる。上原準備が整い、部屋を出る。みんなで「いってらっしゃ い」と見送る(これだけ音楽アリのまま有声)。管理人、引越し屋謝りながら帰る。浪人生参考書を開く。幕。  ---------------------------------------------   以上、いかがでしたでしょうか? 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