題名:ごはん処 まよい軒    劇団:劇団ぼるぼっくす    作者:上野  小夜  ---------------------------------------------  著作権について  ・本ページで公開されている作品の著作権をはじめとするすべての権利は   全て作者が保有いたします。  ・このページからダウンロードできる脚本は全て無料で読んでいただいて   結構です。ただし、舞台等で御利用の際は、作者からの上演許可を取っ   ていただくようお願いいたします。  ・必要に応じての改編等も、作者への許可の上行って下さい。  ・著作権料が発生する場合、指定された額を作者へ送金を忘ないように   お願いいたします。本作品おける著作権料は、下記に示す通りです。  ---------------------------------------------   小学校、中学校、高校、その他学生の無料公演・・無料   アマチュア劇団の公演、学生の有料公演・・・・・5000円   プロの劇団の公演・・・・・・・・・・・・・・・全チケット収入の1割     (全チケット収入の一割が5000円に満たない場合は5000円)     [2]の場合、公演の2週間前までに、     [3]の場合、公演後2週間以内にお支払いください。  ※本作品は作者の許可無く準上演を行うことが出来ます。  ※準上演についての詳細は、http://haritora.net/copyright.html をご参照ください。  --------------------------------------------- ごはん処 まよい軒〜おっさん、相談に乗ってくれるってよ〜 河野……50歳前後。男性。脱サラして定食屋兼居酒屋を始めたものの流行っていない。豆腐にこだわりがある。 瀬戸……30代後半男性。コンサル会社経営。自分に自信がある。若干うっとうしい。 西野……20代後半女性。結婚を考えていた相手が旅人になると言い出し、やけ酒を飲みにやってくる。事務職。結果的に、お店に居着き、お店の手伝いをするようになる。 前田……高校2年生男子。割とエリート一家で本人も成績は良い。大学ではなくパティシエの専門学校へ行きたいが、親に相談できないで悩む。 川崎……20代後半女性。西野の高校の同級生。転職しようかどうかで迷っている。 藤代……年齢不詳、女性。定食屋の豆腐が気に入っててひたすら豆腐を食べている女性。実は近所の高級料亭の娘。 老人……近所のおじいちゃん。時々やってきて、食料を奪っていく。ただし、代わりに何か変なものを置いていく。 セールス……変なセールス。 第1場 定食屋の中 河野が出てきてカウンターの辺りを拭いたりしている。そこに藤代がやってくる。 河野 いらっしゃいませ。今週の豆腐は枝豆ですよ。 藤代 じゃあ、それ一つお願いします。 河野 いつもありがとうございます。少々お待ちください。 河野、後ろに下がって、豆腐を持ってくる。 河野 お待たせしました。 藤代 ありがとうございます。いただきます。  そこに瀬戸がやってくる。 瀬戸 どうも。 河野 いらっしゃませー。 瀬戸 ここはいつ来てもすいてるねー。 河野 あぁ、瀬戸さん、いつもありがとうございます。でも他にもお客さんいらっしゃるんですから、そういうこと言わないでくださいよ。 瀬戸 だって、いつもすいてるじゃん。 河野 まぁ、否定はできないですけど。でも、近所の奥様方とか来てくれることもあるんですよ。 瀬戸 徘徊老人の捜索願いとかでしょ。 河野 それもありますけど、お昼ご飯食べてってくれますし。 瀬戸 それもあるんだ。 河野 まぁ、数少ない大事なお客様のためですから、おじいちゃんくらい探しますよ。で、今日は、晩ご飯ですか? 瀬戸 うん。でも、お酒ももらおうかな(メニューを眺める)。 河野 つまみに枝豆豆腐なんていかがですか。ひんやり冷やしてワサビのっけて。おすすめですよ。 瀬戸 あー、枝豆豆腐ね。 河野 今週の一押しです。 瀬戸 毎週豆腐だよね。 河野 押してるんで。 瀬戸 うーん、じゃあ、枝豆と八海山で。 河野 枝豆豆腐ですか!? 瀬戸 枝豆。緑の豆ゆでたやつ。 河野 …をこして作った枝豆豆腐? 瀬戸 枝豆。ゆでるところで終わっていいから。 河野 そうですよね。じゃ緑の豆ゆでてきます。 瀬戸 よろしく。  河野がカウンターへ下がる。そこに、西野と川崎がやってくる。西野は既に泥酔気味。川崎がフォローしてる感じ。 西野 2人、入れる? 河野 (声だけ)いらっしゃいませー。お好きなお席にどうぞ。 西野 (河野の返事を待たず、座り)入れるよね。いつでも空いてるもんね。 川崎 (座りながら)西野、失礼だよ。 西野 大丈夫、大丈夫。ほんとのことだから。 瀬戸 たしかに。 西野 だよねー。あんた、話わかるじゃん。 川崎 え、知り合い? 西野 全然。 川崎 なのにそこ座るの? 瀬戸 この店で見かけたことあるような気はするけどね。 西野 だよねー。ほら、川崎もそこ座って。 川崎 なんかすみません。今日、だいぶ飲んじゃってて。 瀬戸 いえいえ、全然お気になさらず。そういう日もありますよね。 西野 ねー。  そこに河野が酒と枝豆を持って戻ってくる。 河野 お待たせしました。八海山と枝豆です。 西野 八海山! 川崎 はいはい 河野 (西野と川崎にメニューを示しながら)ご注文が決まりましたらお呼びください。 川崎 はい。 西野 お酒。とりあえずお酒。 河野 お酒のメニューは裏面ですよ。 川崎 (申し訳なさそうに)考えますので、とりあえずお冷やいただけますか? 河野 じゃあ、すぐにお持ちしますね。  河野、カウンターに下がる。 西野 いいねー。冷や。二合ね。 川崎 そうそう。日本酒ねー。でも西野、もう飲まない方がいいって。 西野 やだ。まだ飲む。 瀬戸 相当飲んでるんでしょ。 川崎 はい、かれこれ5時間くらい。 瀬戸 いい友達だねぇ。 西野 そうなの。高校の同級生でいい友達なのー。 川崎 すみません本当に。  河野、お水を持ってくる。 河野 お待たせしました。 川崎 ありがとうございます。 藤代 (河野に)すみません、お会計。 河野 いつもありがとうございます。じゃあ、あちらで。  河野、レジのある舞台外へはける。藤代もそれを追ってはけつつ、裏で会話。 藤代 ごちそうさまです。おいしかったです。 河野 ありがとうございました。(川崎と西野に)いかがいたしましょうか。 西野 どれでもいいから酒。 瀬戸 もう、やめといた方がよさそうだけどねー 河野 とりあえず、もう少しお水飲みます? 西野 もう、うるさいなー。お酒ったらお酒。 川崎 ほんと、すみません。 瀬戸 じゃあ、少しだけお酒あげるから。おちょこもう二つ持ってきて。 河野 はい。 川崎 あの、ちゃんと頼みますんで。 瀬戸 いやぁ、とりあえず二合とか頼んでもあれな感じだし。 河野 お気遣いいただいてすみません。(お猪口を持ってくる) 西野 やったあ。 川崎 ありがとうございます。 瀬戸 はい、じゃあ、少しだけね 西野 ありがとう。かんぱーい。おいしい。 河野 でも、どうしたんですか?いつも、うちではお酒頼まないですよね。 西野 うん、だって別にそんなにお酒好きじゃないし。ここ、ごはんおいしいし。 河野 ありがとうございます。 瀬戸 たしかにおいしいんだよね。はやってないけど。 西野 だよねー。 川崎 じゃあ、私も何かいただこうかな。 河野 あ、無理しなくていいですよ。もうだいぶ付き合ってるんでしょう。また、お腹減ってるときにいらしてください。 川崎 なんかすみません。 西野 あーあ。 河野 どうかされたんですか? 川崎 それが… 瀬戸 何々―失恋? 河野 瀬戸さん! 西野 (聞いてない)それがさー、聞いてくれる?私、3年間付き合ってる彼氏がいたんですよ。 瀬戸 (ぼそっと)あ、マジで失恋だった。 西野 でねでね、そろそろプロポーズされるかと思ってたの。で、この前、大事な話があるって呼び出されたんですよ。 河野 うん。 西野 期待しちゃうじゃないですか。誕生日でもクリスマスでもないな、とは思ったけど。で、なんて言ったと思います。 瀬戸 なんて言ったの? 西野 俺、やっぱり旅人になるわ。 河野・瀬戸 はい? 西野 旅人。お前は中田かって。 瀬戸 何それ、冗談?他に女がいたとかじゃなく? 西野 違いますー。 川崎 それで、ほんとに部屋引き払って、1週間後にはアゼルバイジャンからはがきが届いたらしいです。 瀬戸 キてるねー。別れてよかったんじゃない。 川崎 私もそう思うんですけど。 西野 でも、別に優しかったんだもん。一緒にいて楽しかったし。悪い? 瀬戸 悪くない悪くない。 河野 ま、そのうちアゼルバイジャンから帰ってくるかもしれませんよ。 西野 その頃には、もう忘れてますー。 河野 それならそれでいいじゃないですか。 西野 うん。じゃあ、やっぱりもう一杯!ってかご主人も飲みなよ。お客いないし。 川崎 だから、失礼だって。 河野 まぁ、ほんとのことですから。 瀬戸 まあまあ。だから景気づけってことで。 河野 じゃあ、少しだけ。(おちょこを持ってくる) 西野 やったぁ。飲も飲も。 川崎 すいません。 瀬戸 じゃあご主人も。……じゃあ、改めて、かんぱーい。 全員 かんぱーい。  オープニングっぽい音楽入る。無声で音に合わせて演技。愚痴る西野。付き合う三人。謝りながら川崎が西野を連れて帰る。瀬戸も帰る。片づける河野。別の日な感じで、手土産を持って謝りに来る西野。暗い顔をした前田。 第2場  定食屋の中でテーブルとか拭いている河野。そこに藤代がやってくる。 河野 いらっしゃいませ。 藤代 (会釈) 河野 今週のお勧めはトウモロコシ豆腐です。 藤代 じゃあ、それをお願いします。 河野 いつもありがとうございます。少々お待ちください。  藤代、静かに本を読んでいる。少しして河野が豆腐を持ってやってくる。 河野 お待たせしました。いい感じに黄色も出たと思うんですよね。 藤代 いただきます。(食べる)今日もおいしいですね。 河野 ありがとうございます。藤代さんだけですよ、いつも豆腐食べてくれるの。 藤代 だっておいしいですから。 河野 どうしたらみんなも注文してくれますかね。 藤代 難しいですね。 河野 (後ろにちょっと下がって)あ、そういえばこんなもの作ってみたんですよ(白い謎のストラップを出してくる)。 藤代 これ、なんですか。 河野 豆腐ストラップです。豆腐を食べてくれた人におまけでつけたらどうかな、と。 藤代 (豆腐ストラップをしげしげと見て)豆腐? 河野 豆腐です。 藤代 そうですか。私は本物の豆腐の方がいいです。 河野 だめですかあ。  そこに、西野と前田がやってくる。藤代は静かに豆腐を食べ始める。 西野 こんにちは。 河野 いらっしゃいませ。あれ、西野さん、戻ってきたんですか。そちらの方は……。 前田 あ、いや僕は。 西野 ご主人、悩み相談とか得意ですよね? 河野 いや、別に得意では……。 西野 よく迷い猫の相談とか乗ってるじゃないですか。 河野 まぁ、それは仕方なく。 西野 この子、人生に迷ってるらしいんですよ。聞いてあげてくれませんか。 前田 すみません。急に言われてもご迷惑ですよね。(西野に)やっぱり帰りますね。 河野 いや、まぁとりあえず座ったら。なんか悩んでるんでしょ。 西野 ほら、いい人だから大丈夫だって。 前田 なんかすみません。 西野 じゃあ、そういうことでよろしくお願いします! 河野 え、帰っちゃうんですか? 西野 ごめんなさい。私、この後人と会う予定があって。また来ますねー。 河野 もうー。また、いらっしゃってくださいね。 西野、さっさと出ていく。そこに入れ替わりにやってくる瀬戸。西野、瀬戸、舞台裏(声のみ)でやりとりをする。 西野 こんにちは。先日はどうも。 瀬戸 いえいえ。その後どうなってんの? 西野 この前はコモロ連合?とかいうとこにいるって手紙きました。 瀬戸 どこそれ? 西野 さぁ。とりあえずシーラカンスが捕れるらしいですよ。 瀬戸 へえー。捕りに行って来たら? 西野 行かないですよ。じゃあまた。 瀬戸 こんにちは。 河野 あぁ、いらっしゃいませ。 瀬戸 (前田を見て)珍しいね。学生さん? 河野 なんかお悩みがあるようで。 瀬戸 とうとうここお悩み相談所になったの? 河野 違うんですけど。西野さんがそう思ってるみたいです。 瀬戸 なるほどね。まぁ、せっかくだから聞いてあげればいいじゃん。俺も聞くよ。君、なんか食べる? 前田 あ、いえ。 瀬戸 なんか飲む?ってわけにもいかないしね。じゃあ、とりあえず久保田とトウモロコシ、ゆでたやつ。 河野 今週のお勧めはトウモロコシ豆腐なんですが。 瀬戸 まぁね、だから頼んだじゃん、トウモロコシ。ってかほんといつでも豆腐だねぇ。 河野 おすすめなんですよ。 瀬戸 ちなみに毎日いくつ作ってるの? 河野 大体5食分です。 瀬戸 出るのは? 河野 大体2食ですかねぇ。 瀬戸 ご主人、売り上げ伸びない理由絶対それだから。 河野 でも、押してるんで。 瀬戸 わかったよ。じゃあ、それこの子に。 河野 ありがとうございます。少々お待ちくださいね。 前田 僕、ほんとに大丈夫ですよ。 瀬戸 まぁまぁ、食べてくれたらご主人喜ぶから。 前田 すみません。あ、僕前田といいます。そこの高校の二年生です。 瀬戸 おーすごい。進学校じゃん。俺は瀬戸。コンサルみたいのやってます。この店はただの客でコンサル受けてないからそこはよろしく。 前田 そうなんですか。馴染んでるので、お店の方かと思いました。 瀬戸 ま、自宅でできる仕事はほぼほぼここでやってるからしょっちゅういるんだけど。で、前田君は、何に悩んでるの?  電話がなる。 河野 はい、こちらまよい軒です。 セールス こんにちは!私、地蔵屋と申します。 河野 は?地蔵屋? セールス 地蔵専門店地蔵屋。略してオメガと申します。 河野 オメガ?いや、えーと、間に合ってます。 セールス いえいえ、間に合ってないはずです。お店が流行ってないのもあなたがそんなにさえないのも女性にもてないのもお店の前にお地蔵様を置かないからです。当店では南アフリカの地蔵からイタリアベネチアの地蔵まで世界各国のお地蔵さんを 河野 (さえぎって)日本のお地蔵さんも世界各国のお地蔵さんもいりません。 瀬戸 何だあれ? 前田 お地蔵さんのセールスですか? 藤代 すみません、お会計。 河野 いつもありがとうございます。 藤代 ごちそうさまです。おいしかったです。 河野 ありがとうございます。    藤代、出ていく。 瀬戸 で?とりあえず俺でよければ聞いとくよ。まだ、料理も作るだろうし。 前田 あの、すごいつまんない悩みなんですけど。進路に悩んでいて。というか行きたいところはあるんですけど、親が本気にしてくれなくて。 瀬戸 お、いいねぇなんか青春って感じだね。そういやさっき見てたの模試の結果とか? 前田 あ、はい。これ直近の模試の結果です。 瀬戸 懐かしい。ちょっと見せて見せて。 前田 どうぞ。 瀬戸 おー、志望校とか響きが懐かしい。ってか君全部A判定じゃん。めちゃめちゃ頭よくない? 前田 いや、昔に比べて受験戦争厳しくないのでそんな全然。 瀬戸 でも、全員が全員入れないでしょ。難しいとこしか書いてないじゃん。 前田 (ちょっと嫌そうに)まぁ、それは。 瀬戸 これだったら進路に悩みなんてないんじゃない?どこ行きたいの? 前田 ……僕、パティシエの専門学校行きたいんですよ。 瀬戸 パティシエ?お菓子作るの好きなの? 前田 好きです。 瀬戸 いいね。今度作ってよ。ここ甘いものないし。何が得意なの? 前田 洋菓子なら一通りできますけど。なんでしょう。マカロンとか。 瀬戸 すごいすごい。(模試を見て)でも、確かにこの成績だと、逆にあれだね。 前田 そうなんですよねー。 瀬戸 いっそ成績下げちゃえば? 前田 それはちょっと。 瀬戸 まぁ、そりゃそうだよね。ご両親は知ってるんだよね? 前田 何度か言ってみたんですけど、あんまり本気にしてくれなくて。まぁ大学行ってからやりたければレストランとかに就職したら?って。 瀬戸 まぁ、そういうよなぁ。 前田 でも、僕、別に大学行きたくないんですよね。勉強したいこともないし。 瀬戸 個人的には、だったら行かなくてもいいと思うけどね。俺、大学行ったけど結局中退して今の会社起業したし。 前田 そうですよねぇ。 瀬戸 でも、まぁご両親のいうこともわかるっちゃわかるかな。今やりたくても気が変わることもあるし。学歴はあっても損じゃないし。 前田 うちの親もそういいます。  河野が豆腐とトウモロコシと久保田を持って出てくる。 河野 お待たせしました。久保田とトウモロコシ豆腐とトウモロコシです。 瀬戸 どうも。(枝豆を食べ始める)。 前田 ほんとにトウモロコシの色してるんですね。いただきます。 河野 どうぞどうぞ。召し上がれ。 瀬戸 それで、この子、前田君なんだけどね。 河野 えぇ、大体話は聞こえてましたけど。難しいですよねぇ。 瀬戸 だよねぇ。なまじできるだけにね。 前田 あ、これおいしいですね。すごいトウモロコシの香りがします。 河野 ありがとうございます。瀬戸さんは全然豆腐頼んでくれないから。 瀬戸 押されるとひいちゃうんだよね。 河野 ひねくれ者ですか。 前田 来週、三者面談があるんですよ。 河野・瀬戸 あー。 前田 先生と母できっと志望校とか勝手にまとまっちゃうんじゃないかなって。 瀬戸 ありえそー。あれ、今もう三年? 前田 いや、二年なんでまだ若干余裕はあるんですけど。3年になると志望校別にクラス分けとかあるので。 瀬戸 あー、進学校ってそういうのあるよね。 前田 (河野に)代わりに父として一緒に三者面談してくれませんか。 河野 私?さすがに無理がありますよ。 瀬戸 その場しのぎ過ぎるよなあ。 前田 そうですよねぇ。わかってはいるんですが。いやすぎて。なんかいい方法ないですかねぇ。 河野 うーん。 そこに、コミカルな音楽がかかり、唐突に杖をついた老人がやってくる。 老人 聡子!聡子や! 瀬戸 出た。 前田 え? 老人 聡子や!飯はまだかのぉ 河野 ああ・・もうまた来た。お爺ちゃん、ここはあなたのご自宅ではないんですよ。 老人 は??? 河野 だから・・ここはご自宅ではないんです。申し訳ないですけどお帰りになってい    ただけないですか。 老人 は???? 河野 だから!ここは私の店で、あなたのご自宅ではないんです。申し訳ないですけど 老人 (急に何かを理解した感じで)おおー、そうかそうか、飯はそこの下にあるのか(カウンターを指差して)では見てみるかのぉ 河野 あっ、ちょ、ちょっと勝手に入らないでください 前田 あのーこの方はいったい 河野 あー。近所のおじいちゃんなんですけどなぜかうちにご飯食べに来ちゃうんですよね。ぼけてるのかぼけてないのか。 瀬戸 いや、あれぼけてないでしょ。 老人 (カウンターを探り)ほお、ほお、なるほど今日の晩飯は・・大間産のクロマグロ    かのぉ!!(おもむろにカウンターの下から、丸々一本のマグロを取り出し掲げる) 河野 そっ、それは 瀬戸 何でそんなものがあるの 老人 では、わしはこれで(先ほどとは違いしっかりした足取りで、そそくさと去ろう とする) 河野 ちょっと待ってください。店のものを勝手にもって行ったら窃盗ですよ!これは    あなたの晩御飯じゃないんです。 老人 何じゃ。違うのか・・じゃあこれがわしの飯かのぉ(前田の豆腐を奪い食べだす) 河野 ちょっと、それは別の人のだから。持ってくるから。 瀬戸 いいよいいよ、ほしかったらまた頼むから。慣れてるし。 前田 慣れてるんですか。 瀬戸 うん。 老人 (豆腐を完食し)おかわり! 河野 は!?人からもらっておいておかわりはないでしょ。食べたならもう帰ってくだ    さい。 老人 何じゃ豆腐だけか!?しょぼいのぉ 河野 ただで食べてて文句言わないでください。 老人 なにを戯けたことを、最近はな高齢者の栄養失調が問題になっておるんじゃ、お    前さんはわしがろくに飯も喰えずに衰弱死してもいいと言うのか!! 河野 もう、毎日食べ過ぎているような体型でしょうが。 老人 何じゃと!!こうみえてアメリカの基準で言うたらのぉ・・ん、何じゃこの甘くも香ばしい匂いは   老人 前田の隣に行きじろじろ見出す。 老人 お前・・食べ物を隠しているな 前田 (びっくりして)え!? 老人 わしの鼻は誤魔化せんぞこれは、ピスタチオクッキーじゃ。 前田 (カバンを探し)あ、そういや昨日作ったの持ってます。 老人 (勝手に奪って)おー、これじゃこれじゃ。本当にいい匂いじゃ。ひとついただ    くかのぉ 河野 だから人の物を盗ったら犯罪なんですよ。 老人 (クッキーを食べて)こっ・・これは・・うっ・・ううう(苦しみだす) 前田 あ、あの大丈夫ですか。 老人 う・ま・い・ぞーーー(料理バトル漫画のようなリアクション) 老人 ぬわあ、口に入れた瞬間ピスタチオの香ばしさが全身におそいかかってくるぞ!!そうかあらかじめ軽く炒ってからクッキーに混ぜることでピスタチオの風味が倍増しそれがクッキー生地にも乗り移っておるんじゃ。しかしそのピスタチオの風味に負けないバターの香りもここちよいのぉ・・・うまいぞ、うまいぞ、不思議じゃわしの様な年寄りでもしつこくなくいくらでも食べられるわい。その秘密は何じゃ・何じゃ・・そうか!抹 茶じゃ、抹茶を加えることでほのかな苦味と清涼感が加わるんじゃ。いやっ、それだけではない,しかし分からん、いったいなんじゃ、何なんだじゃ、(さっきのマグロを持ってきて)教えてくれぬかクロマグロ君!! 老人 (腹話術っぽく声を変えて)それはね、米ぬかがはいっているんだ。 老人 な、何じゃと!そんな物がクッキーに!しかし少量の米ぬかを入れることで、クッキー全体の味を邪魔せずに独特の和風な風味とコクを与えることができる。 本当にいくらでも食べられるわい。これでわしの栄養不足も解決!!後何十年で も長生きできるわ!! 河野 だから栄養だったら見るからに足りてるでしょう。 老人 ご馳走様でした。      老人前田の手をとり 老人 わしは感動した。今までこの店で食ったどんなものよりも美味かった。お礼にこの絵を受け取ってくれぬか。 河野 これ、何の絵ですか。 老人 たわけ。見てわからんか。豆腐じゃ!タイトルもついとるじゃろ。 瀬戸 全然豆腐に見えない。 前田 芸術的なんですかね。 老人 ご利益あるから飾っておけ。さて胃の肩慣らしも終わったし。後2、3軒は回ってくるかのぉ、ほっほっほ(さりげなくマグロを持ったまま店を出る。)ではま た来るぞ。  老人、去る。音楽下がる。 河野 まったく。もう来なくていいですよ。 瀬戸 と言うかマグロはいいの? 河野 あ!!しまったまたか!!まあどうせいつも後から娘さんと一緒に返しにくるからいいんですけどね。 瀬戸 そ、そんなのでいいんだ・・ 河野 すみませんねぇ。料理新しいの出しますね。 瀬戸 いいよいいよ、まあとりあえず先に前田君の件を片づけよう。 前田 なんかすみません。 河野 でも、あのおじいさんもおいしそうに食べてましたし、自信作作って出してみるとかいかがですか。 瀬戸 それいいんじゃん。 前田 でも家でも普段からお菓子作ってて、評判自体は元々悪くないんですよ。 瀬戸 向いてないと思われてるっていうか将来が不安なんだろうな。 河野 だとするとやっぱり難しいですね。 瀬戸 もっとちゃんと将来設計してるぜアピールした方がいいんじゃない? 河野 たとえば? 瀬戸 志望の専門学校の修了生がどんなところに入っているかとか検証して、自分はこんな将来を考えてますってプレゼンでもしたら?で、ついでに自信作と第三者からの評価も出す。 前田 第三者からの評価? 瀬戸 作ったものを出して感想まとめたら多少それっぽいだろ。ケーキなのにしつこくなくて甘いものが苦手な私でもおいしく食べられました(30代男性)的なやつ。 前田 なるほど。でも両親が納得してくれますかねぇ。 河野 それなら少なくとも、これだけちゃんと考えて言ってるんだってアピールにもなるから悪くはないんじゃないんですか。 瀬戸 一回で納得することまで期待する方が難しいって。こういうのは積み重ねが大切だから。 前田 そうですね。 瀬戸 何なら、俺がプレゼン資料作るの手伝うよ。 前田 いいんですか。 河野 評価集めるんなら自信作も決めなきゃいけないんじゃないですか。 瀬戸 あー、そうだね。ご主人にキッチン借りて作ったら? 前田 いや、それはさすがに申し訳ないです。 河野 いいですよ。私、あんまりお菓子得意じゃないので材料は少ないですが、オーブンとか、どうぞ使ってください。 瀬戸 じゃあ、俺は志望校検索するか。 前田 えっと(急な展開についていけない感じ) 瀬戸 お菓子も食べて俺らの感想もまとめちゃいたいからとりあえず作ったら?レッツクッキング! 明るい音楽入る。音に合わせて無声で演技。河野が前田を連れて後ろに下がる。パソコンの前で検索したりしてる風の瀬戸。河野が戻ってきて瀬戸と談笑。そこへ前田がお菓子を持ってくる。みんなで食べてオッケーな雰囲気。その後、帰る前田と瀬戸。奥に引っ込む河野。 第3場  藤代がやってくる。河野が奥から出てくる。 河野 いらっしゃいませ。今週は、牛乳豆腐ですよ。 藤代 じゃあ、それ一つお願いします。 河野 ありがとうございます。少々お待ちください。  河野が奥に引っ込む。川崎、西野が歩きながらやってくる。 西野 とりあえず、困ったときはまよい軒だから。 川崎 絶対、それ間違ってると思うんだよね 西野 まぁまぁ、注文してるんだし、誰も損はしないから。こんにちはー。 河野 いらっしゃいませー。お好きなお席におかけください。 西野 はーい。 河野 (奥から出てきて)あぁ、西野さん。いつもありがとうございます。 西野 とりあえず、枝豆と越乃寒梅で。 河野 ありがとうございます。少しお待ちくださいね。 西野 はーい。    前田、入ってくる。 前田 こんにちは。 西野 あ、この前の。 前田 あ、その節はどうもありがとうございました。 西野 ご主人、ちゃんと相談に乗ってくれたでしょ? 前田 はい、瀬戸さんも含めてすっごく親身になってくれました。 西野 良かったね。結局、どうなったの? 前田 まだ完全には納得してくれてないですけど。両親も調べたことないから専門学校も調べてみてくれるって。 西野 一歩前進じゃん。 前田 まぁ、大学も行けるように引き続き勉強しなさい、とは釘を刺されましたけど。 西野 ま、元々成績いいんだから大丈夫でしょ。 前田 (謙遜して言いにくそうに)まぁ。それで、今日はご主人は……。 西野 今、奥にいるから。そこに座って待ってれば。 前田 ありがとうございます。 西野 ほらね、やっぱり相談してみるべきだって。 川崎 でも、相談所じゃないんだから悪いよ。 西野 とりあえず愚痴っとけば楽になることもあるじゃん。 川崎 だからってそんなに知らない人に愚痴るってのも。そういやそっちこそ元カレどうしたのよ? 西野 えぇ?あいつなら今はハットリバー公国にいるって。 川崎 どこそれ? 西野 オーストラリアにあるらしいよ。国民20人だって。 川崎 それ、国なの? 西野 らしいよ。 川崎 でも、連絡は取ってるんだね。 西野 まぁね。だって勝手に絵葉書来るから。 川崎 返事とかするの? 西野 時々ラインとかね。今って海外でも普通に連絡取れるんだねー。 川崎 それ、結構前からだよ。  河野が豆腐を持ってやってくる。 河野 お待たせしました。はい、牛乳豆腐です。 西野 牛乳プリンみたい。 川崎 失礼だよ。 河野 あぁ、前田君。いらっしゃいませ。 前田 いえ、今日はお客じゃないんですけど。この前のお礼にお菓子作ってきたのでよかったら。 河野 ありがとうございます。この前の豆乳ケーキもすごくおいしかったよ。 前田 ありがとうございます。瀬戸さんは? 河野 今日は来てないなぁ。渡しておこうか。 前田 お願いします。でも、直接お礼も言いたいのでまた来ますね。 河野 いつでも来てください。あ、よかったらお返しにこれ(ストラップを出してくる) 前田 これは? 河野 薬味ストラップ。 西野 薬味ストラップ? 河野 この前豆腐のストラップ作ったんですけど不評だったので。 西野 そりゃ、ただの白い四角い物体でしたから。 河野 だから、薬味の方がわかりやすいかな、と思いまして。 川崎 何で薬味だけなんですか。 河野 え? 前田 乗せた方が良かったような。 河野 あ……その手がありましたか。 前田 でも、ありがとうございます。じゃあ、また来ます。 河野 またいつでも寄ってくださいね。  前田帰る。河野後ろに下がる。 西野 にしても相変わらずこの店同じ顔触れしかいないねぇ。 川崎 そうなの? 西野 絶対、経営やばいと思うんだよねー。  電話が鳴る。 河野 はい。こちらまよい軒です。 セールス 初めまして。私、たぬきのお友達といいます。 河野 は?たぬきのお友達? セールス ですから森のたぬきといいます。 河野 森のたぬき?さっきと変わってませんか。 セールス とにかく、お店にはたぬきの置物を置くべきです。 河野 結構です。 セールス たぬきを置かないとたぬきがたくさん店にやってきてたぬきそばとたぬきうどんを出せとたぬきたぬきと叫び…… 河野 うちはたぬきもきつねもやってないので、蕎麦もウドンも食べません…てなにか違う…。 西野 セールスにも流行ってないのがばれてるんじゃん。 川崎 なんかかわいそう。  河野が枝豆とお酒を持って西野と川崎のところへやってくる。 河野 お待たせしました。越乃寒梅と枝豆です。 西野 ありがとうございます。さっきの変なセールスですね。 河野 多いんですよ。お地蔵さんとかたぬきの置物とかパワーストーンとかそういうセールス。 川崎 飲食店だってわかってかけてきてるんですかねぇ。 河野 いずれにしても、お地蔵さんいらないと思いますけどねぇ。 西野 ですよねぇ。 河野 ところで、今日は川崎さんのお悩みですか。 西野 あ、聞こえてました? 河野 概ね。西野さんが来るときは大体そうですし。 西野 今日はちゃんと食べるからいいじゃないですか。 川崎 すみません。ほんと大した話じゃないんです。転職しようかなって迷ってて。 河野 今のお仕事にご不満があるんですか? 川崎 不満ってほどじゃないんですけど。社内で部の編成とかが一気に変わって大きな人事異動があったんですよ。それで新しい上司がやりづらくて。 西野 上司合わないとつらいよねー。 河野 川崎さん、なんのお仕事されてるんですか? 川崎 出版社で校閲やってます。 河野 そうすると、転職するなら他の出版社とかになるんですかね。 川崎 確かにそれが一番見つかりやすいとは思います。でも、もうすぐ30なんで逆に職種変えるならラストチャンスかな、という気もするんですよね。 西野 難しいよね。 河野 そうですねぇ。一概にどっちがいいとはいえないですが、辞めない方が生活は安定しているということもあると思いますよ。 川崎 そうですよねぇ。 河野 私も職場の上司と合わなくて早期退職しましたけど、赤字続きですからねぇ。 西野 ご主人にも合わない人とかいるんですね。 河野 書類の印鑑が1ミリずれただけで30分怒る人がいまして……。 川崎 それはひどいですね。 西野 辞めて正解ですよ。今や一国一城の主ですからね。 河野 狭いですけどね。でも大変なこともなくはないので、転職するならちゃんと調べた方がいいとは思いますよ。 川崎 そうですよねぇ。 河野 もちろん辞めちゃいけないというわけじゃないですけどね。それで病んでしまっても元も子もないですしね。ただ、私と違ってまだ会社人生も長いですから、よく考えた方がいいとは思いますよ。 西野 確かに転職して結局前の方が良かったって言ってる人意外と多いよねぇ。 河野 もう、転職サイトとか登録してるんですか? 川崎 一応。 西野 じゃあ、とりあえず面接とか受けてきたら? 河野 たしかに。今の会社が耐えられないほどつらいわけじゃなければいいとこあれば、くらいの方が気楽でいいかもしれないですよ。 川崎 そうですね。 藤代 すみません、お会計。 河野 いつもありがとうございます。 藤代 ごちそうさまです。おいしかったです。 河野 ありがとうございます。じゃあ、あちらへ。    藤代、出ていく。 西野 あの人、いっつもいるんだよねー。 川崎 そうなんだ。 西野 ずっと豆腐食べてる。イソフラボン足りてないのかな。 川崎 それどういう状態なの?… 河野 当店の一番の常連さんですね。 西野 私も常連ですよ。 河野 西野さんは確かに常連なんですけど、なんかちょっと違うような。。。 川崎 お世話になってるんだから、ちゃんとたくさん注文しなよ。 西野 はーい、つぶれちゃったら困るしね。 川崎 だから失礼だって。 河野 でも、ほんとどうしたらもう少しお客さん増えますかねー。 西野 あれ、珍しい。ご主人がお悩みモード? 河野 いやーすっごい赤字ってほどでもないんですが、やっぱりもう少し何とかしたいんですよね。 西野 とりあえず豆腐止めたら原価削減になるんじゃないですか。 河野 それだけは嫌です。 西野 そこはこだわりますよねー。 河野 削減というよりはやっぱりお客様増やしたいんですよね。 川崎 うーん、料理おいしいんですけどね。ご主人も優しいですし。 西野 このへん夜早く閉まる店も多いから、遅くまでやってる定食屋って便利なのにね。 川崎 高そうな店も多いしね。 西野 逆にあきらめちゃうのかな。この辺お店なさそうって。 河野 それはあるかもしれませんね。もっとビラ配りとかするべきなんですかね。 西野 でも、そうしたらまたお金かかるしねぇ。 河野 配る手間もありますしね。 川崎 難しいですね。 河野 ……(沈黙)すみません、なんか暗くなっちゃいましたね。 西野 いいですよ。お客さんも他にいないですし、たまにはご主人の愚痴聞きますよ。 河野 すみません。川崎さんの相談に来たのに。 川崎 いえいえ、そもそも定食屋さんに悩み相談に来る方が間違ってますから。 西野 とりあえず、ご主人も飲みましょ。ついでに川崎の愚痴も聞いてもいいし。 川崎 ついでって。 河野 ありがとうございます。じゃあ、ちょっと外の看板付け替えてきます。 西野 おちょこもう一つ、もらっときますねー。  河野外に出て戻ってくる。西野、勝手に裏からお猪口を持ってくる。 川崎 勝手にとっていいの? 西野 いいのいいの。 川崎 えー、本当に? 河野 あぁ、ありがとうございます。 西野 ほらほら、飲みましょ。今日もお疲れ様でした!かんぱーい。 二人 かんぱーい。  明るい音楽入る。音楽にあわせて無声で演技。愚痴る河野。次に河野がビラを出してくるがビラも豆腐が全面的に書いてあるため首を振る。三人で喧々諤々やって、いい考えは思い浮かばず解散。日付が変わって、瀬戸がやってきて交代に河野が老人を探しに出ていく。入れ替わりに西野がやってくる。 第4場  西野 こんにちは。 瀬戸 お疲れー。悪いね。休みの日に。 西野 いえいえ、別に暇してますから。 瀬戸 そういや、元彼は? 西野 あぁ、あいつならまたアゼルバイジャンにいますよ。なんか気に入ったみたいで遊びに来ないかって。アゼルバイジャンってカスピ海の近くだったんですね。 瀬戸 今更そこ? 西野 だって知らないですよー。 瀬戸 で、行くの? 西野 考え中です。 瀬戸 ってかまだ連絡とってるんだね。実は元カレじゃなかった? 西野 それも考え中です。 瀬戸 ま、好きならいんじゃん? 西野 相変わらず適当ですね。 瀬戸 だって、俺関係ないし。 西野 ま、そうですね。今日は、ご主人は? 瀬戸 なんかあのボケてるんだかボケてないんだかわからないおじいちゃんがいないらしくて探しに行ったよ。 西野 相変わらずですね。どうせ、あのおじいちゃん、どっかに食料漁りに行ってるだけですよ。 瀬戸 たしかに。この前藤代にも来たらしいよ。 西野 えーあの神社の近くの料亭ですか。 瀬戸 そうそう。さすがに追い払われたって。でも娘がかわいそうに思って、湯豆腐あげてたって。 西野 詳しいですね。 瀬戸 仕事関係では結構使うんだよ。 西野 へー。瀬戸さんてほんとに会社経営してたんですね。 瀬戸 信じてなかったの?そんなとこで嘘つかないよ。あ、そうそうこれ(ファイルを取り出す)。 西野 何ですか、これ? 瀬戸 お友達に渡しといて。おすすめ出版社。 西野 どうしたんですか? 瀬戸 この前、ご主人から最近の出版業界について聞かれたからさ。お友達、転職考えてるんでしょ? 西野 ありがとうございます。 瀬戸 まぁ、仕事で噂聞く企業についてまとめただけだから参考程度にね。 西野 今度、渡しておきます。(表を見て)あれ、ここいい感じですか? 瀬戸 あー、そこは老舗だしね。何人か社員知ってるけど、出版社にしては福利厚生とかちゃんとしてると思うよ。 西野 そうなんだ。彼女、今ここに勤めてるんですよね。 瀬戸 あー、じゃあ、出版だとあんまりよくはならないかもね。 西野 そっか。今日は、これを渡すために? 瀬戸 いや、それはついで。本題は前田君が来てからにしたいんだよなぁ。 西野 前田君? 瀬戸 あの、パティシエ志望の彼ね。  前田、入ってくる。 前田 こんにちは。 瀬戸 あ、噂をすれば。彼が前田君。 前田 あ、すみません。言ってませんでしたよね。前田です。 西野 こんにちは。改めて西野です。  そこで電話が鳴る。 西野 あぁ、じゃあこっち座って。電話出ときますね。 瀬戸 ありがとう、悪いね。 前田 すみません。あ、瀬戸さん先日はありがとうございました。 瀬戸 いえいえー、うまくいったみたいでよかったね。 前田 はい、おかげさまで。最近は料理教室にも通ってるんですよ。  西野が電話を取る。 西野 はい、こちらまよい軒です。 セールス あなたの人生をちょっとだけ、2ミリハッピーにする本家マジカルストーンです。 西野 は?本家マジカルストーン? セールス はい、パワーストーンの上を行くと今巷でちょっと話題になりかけているかもしれない本家マジカルストーンです。これさえ置けばあなたのお店も巷でちょっと話題になりかけるかも、2ミリ。 西野 結構です。 瀬戸 セールス? 西野 みたいです。本家マジカルストーンだって。 前田 なんか変なセールス多いですよね。 西野 そうだよね。  藤代が入ってくる。 藤代 こんにちは。(主人を目で探す) 瀬戸 今、ご主人ちょっと出ちゃってて、もう少ししたら戻ってくると思いますよ。 藤代 そうですか。ありがとうございます。 瀬戸 ちなみに、今週の豆腐はトマトですよ。 藤代 お気遣いありがとうございます(いつもの椅子に腰かけて本を読みだす)。 西野 相変わらずイソフラボンが足りないのかな。 瀬戸 何それ? 西野 いや、いつも豆腐食べてるから。 前田 (瀬戸に)で、今日はどうしたんですか? 瀬戸 いやぁ、最近、ご主人経営悩んでるじゃん? 西野 そうですね。この前も愚痴ってましたし。 瀬戸 俺、ここ第二の職場みたいにしちゃってるからさぁ、つぶれると困るんだよね。 前田 僕もここが潰れるのは嫌ですね。 瀬戸 でしょ。西野さんも困るでしょ? 西野 まぁ、そりゃあ嫌ですね。 瀬戸 だからさぁ、みんなで何とかできないかなって思って。 西野 何とかって、また雑ですねぇ。瀬戸さんコンサルすればいいじゃないですか。 前田 たしかに。 瀬戸 いやぁ、商売としては採算合わないもん。 西野 そこはシビアなんですね。 瀬戸 まぁ、チラシのデザインくらいだったら知り合いに頼めるけどね。 西野 じゃあ、私たちにできることって何ですか? 瀬戸 それを考えようと思ってきてもらったんだよ。ほら、三人よれば何とかっていうじゃん。 前田 うーん、協力はしたいですけど、僕、高校生ですし。 瀬戸 200〜300円でクッキーとか売ったらそれ目当てのお客さんとか増えないかな? 西野 どうですかねぇ。しょうが焼き定食食べた帰りに「あ、おいしいジンジャークッキーあった、買おう!」ってなります? 前田 ならないですよねぇ。 瀬戸 多少需要があるかもしれないじゃん。無類のしょうが好きとか。 西野 ないない。かと言って私もできることってなぁ。 前田 友達連れてくるとかですかねぇ。 西野 でも近所に住んでる友達なんてそんないないしなぁ。食べログでも書く? 瀬戸 それにも限度があるよね。(藤代に)何かいい案ないですか? 西野 そこに聞くんですか!? 藤代 私に聞かれてます? 瀬戸 うん。だって、あなたもここ潰れたら困るでしょ? 藤代 まぁ。ここの豆腐が食べられなくなるのは寂しいですね。 瀬戸 なら、何かいい案ない? 藤代 そうですねぇ。豆腐ならうちで買おうと思ってるんですけど。 西野・瀬戸 は?  そこに、コミカルな音楽がかかり、老人と河野がやってくる。 河野 おじいちゃん、娘さん探してたから家帰りましょ。 瀬戸 あー、出た。 前田 この前の。 老人 いやじゃいやじゃ、だから豆腐ばっか食っておったら栄養失調になるじゃろ。わしは新しく駅前にできた『突然ステーキ』が食いたいんじゃ。 河野 微妙に店の名前違うでしょう。それにせめてお金払ってください。 老人 おごってくれんないのか? 河野 いつもうちの物食べて行ってるじゃないですか。 老人 お前も渋くなったのぉ。(藤代を見て)お、この前はありがとな湯豆腐の隠し味に冬虫夏草をいれるとはなかなかだったぞ。お礼にこれをやろう。 瀬戸 湯豆腐? 藤代 ありがとうございます。素敵な豆腐ですね。 老人 お、お前は芸術がわかるやつだな。(河野に)こういう芸術のわかるやつと仲良くしとけば、お前の店ももう少し繁盛するぞ。 河野 勝手なこと言わないでくださいよ。藤代さんすみません。 藤代 いえ。 老人 じゃあ、わしは例の『言いなりステーキ』にいってくるからの。ほっほっほ    老人、出ていく。音楽下がる。 河野 だから微妙に名前が違うって。ちゃんとおうちに帰ってくださいよ。  河野、追っていく。 西野 藤代さん? 藤代 すみません、申し遅れました。私、藤代と申します。 瀬戸 あの料亭の? 藤代 はい、いつもありがとうございます。 西野 で、え、その藤代さんが豆腐を買ってくれるってことは… 前田 お店で仕入れてくれるってことですか? 藤代 はい、ここの豆腐おいしいので。以前から考えているんですよね。 瀬戸 それって毎日結構な量を買うってこと? 藤代 まぁ、うちは月曜定休なので基本的には月曜以外ですが。 西野 定期的収入。 瀬戸 いいじゃん、いいじゃん。じゃあ、少しお金かけてビラ作ってリニューアルキャンペーンとかしちゃう? 前田 じゃあ、SNSで宣伝もします? 西野 前田君は、ご主人と新作メニューとか考えた方がいいんじゃない? 藤代 私も何かお手伝いできることがあればご協力しますよ。 瀬戸 じゃあ、とりあえず第1回まよい軒リニューアル会議始めるよー。 明るい音楽入る。音楽に合わせて無声で演技。四人で会議。河野も戻ってくる。豆腐に薬味が乗ったちゃんとしたストラップを出してくる。みんな納得。豆腐の絵を飾ろうとする藤代。みんなで止める。瀬戸がなんか指示だした感じで解散。みんな帰る。ご主人は裏に引っ込む。 日付が変わって瀬戸と前田がやってくる。河野が挨拶して謝って外に出ていく。 第5場  談笑する瀬戸、前田。そこに川崎がやってくる。 川崎 こんにちは。 前田 こんにちは。 瀬戸 お疲れー。 川崎 先日は資料ありがとうございました。 瀬戸 あー、いえいえ。結局どうするの? 川崎 とりあえずもう少し様子見ようと思ってます。なんか事業部編成が社内で評判悪くてまた変わるかもしれなくて。 瀬戸 そっか。ま、それがいいかもね。西野さんは一緒じゃなかったんだ? 川崎 何かちょっと遅れるって連絡きました。私、西野からそんなに詳しく聞いてないのですが、ここ、リニューアルするんですか? 瀬戸 そうそう。あのいつも豆腐食べてる人が実は料亭の娘で豆腐買ってくれるっていうからさ。 川崎 あぁ、あのイソフラボンの人。 瀬戸 そうそう。だからリニューアルすることになって、前田君に新メニューとかも考えてもらってるんだよ。 前田 僕も勉強になってます。トウモロコシ豆腐も作れるようになりましたよ。 瀬戸 それ、ほんとに気に入ってたんだ。 前田 はい 川崎 おいしかったですよ。  河野が戻ってくる。 河野 すみません瀬戸さん。お店あけちゃって。 瀬戸 あ、おかえりなさい。 河野 あ、川崎さんもこんにちは。 川崎 こんにちは。 前田 チラシはどうでした? 河野 そうでした。これです(チラシを見せる)。 瀬戸 すごーい。 川崎 いいですね。 前田 ちゃんと豆腐も書いてありますし。 瀬戸 あのおじいちゃん、こんな普通の絵も描けたんだね。 河野 私もびっくりしました。ステーキのお礼にって書いてくれたんですよ。 瀬戸 結局おごったんだ。 河野 まぁ仕方なく 前田 (チラシの営業時間を見て)お昼は結局辞めるんですか? 河野 ありがたいことに、結構豆腐を作らなきゃいけなくなったので昼営業はやめようかと思いまして。 瀬戸 元から昼の方がより流行ってないしね。そういやさー、ついでにお店の名前も変えた方がいいんじゃない? 川崎 たしかに、迷い軒って若干不安になる名前ではありますよね。 前田 なんで迷い軒なんですか? 河野 いやー、この店開いたとき、勢いで会社辞めて人生に迷ってたんですよねぇ。 瀬戸 ご主人が迷ってたのね。俺はどこぞのチェーン店のパクリかと思ってたよ。 河野 まぁそれも若干意識しました。 瀬戸 してたんだ。 前田 僕は、てっきり人生に迷っている人ウェルカムってことかと思いました。 瀬戸 たしかに、そう考えるとこのままでもいいか。何ならもっと悩み相談を前面に出していくとか。 河野 えー。 川崎 西野がすぐ連れてきちゃいますしね。 河野 別に相談所じゃないんですけどねぇ。 前田 でも聞いてくれるじゃないですか。 瀬戸 そっちも口コミでプッシュしとくか。人情系定食屋とか言って。 前田 いいですね。 瀬戸 (書き込みながら)まよい軒、おっさん相談に乗ってくれるってよ、と。 河野 いやいや、もっと豆腐押し出していきましょうよ。  小さめにラストっぽい音楽入る。西野が入ってくる。 西野 ご主人ご主人、大変です。 瀬戸 出た。 川崎 嫌な予感はしてました。 西野 さっきそこで道案内してたんですけど、その人、仕事急にクビになっちゃって困ってるらしいんです。 前田 それは、ハローワークに連れて行った方がいいのでは? 西野 もう行ってるらしいんですけど……。 河野 わかりましたよ、どうぞ連れてきてください。 西野 ありがとうございます。 川崎 やっぱり、こうなるんですね。 西野 じゃあ、川崎は私と行こう。 川崎 はいはい。 瀬戸 じゃあ、俺らはリニューアルの準備でもしてるか。 前田 とりあえず机とか動かしますか? 河野 よろしくお願いします。 西野 じゃあ行ってきますね。 河野 お待ちしております。 音楽大きくなる。西野と川崎は外に出ていく。河野、前田、瀬戸はそれを見送る。前田と瀬戸は机を動かす。藤代がやってきて河野と商談。西野と川崎は外で困っている人を探す。ダンス。幕。  ---------------------------------------------   以上、いかがでしたでしょうか? 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