題名:喫茶店DE強盗    作者:上野 小夜  ---------------------------------------------  著作権について  ・本ページで公開されている作品の著作権をはじめとするすべての権利は   全て作者が保有いたします。  ・このページからダウンロードできる脚本は全て無料で読んでいただいて   結構です。ただし、舞台等で御利用の際は、作者からの上演許可を取っ   ていただくようお願いいたします。  ・必要に応じての改編等も、作者への許可の上行って下さい。  ・著作権料が発生する場合、指定された額を作者へ送金を忘ないように   お願いいたします。本作品おける著作権料は、下記に示す通りです。  ---------------------------------------------   小学校、中学校、高校、その他学生の無料公演・・無料   アマチュア劇団の公演、学生の有料公演・・・・・5000円   プロの劇団の公演・・・・・・・・・・・・・・・全チケット収入の1割     (全チケット収入の一割が5000円に満たない場合は5000円)     [2]の場合、公演の2週間前までに、     [3]の場合、公演後2週間以内にお支払いください。  ※本作品は作者の許可無く準上演を行うことが出来ます。  ※準上演についての詳細は、http://haritora.net/copyright.html をご参照ください。  --------------------------------------------- マスター…脱サラして喫茶店を始める。コーヒーにはこだわりがあり、コーヒーを飲まないと怒る。40代男性。 銀行強盗…就職難で就職できず、派遣で働いていたがとうとう派遣ギリに遇う。20代男性。 警察官…正義感あふれる。新人警察官。近くの交番に配置され、熱心に巡回している。マスターともすっかり顔なじみ。20代男性。 姉…金持ちの両親の下でのほほんと暮らしていたお嬢様。半年前に交通事故で両親を亡くし、現在は広い家に一人暮らし。24歳女性。 妹…両親、妹とそりが合わず、大学から一人暮らしをしている大学4年生。リアリストで、性格がきつい。 占い師…いつも喫茶店にいる。基本的に胡散臭い。一見、普通の大学生風だが、常に客を探している。手相占い、顔層占い、何でもする。 第1場 場面は固定で静かな喫茶店。ムーディーなBGM。 マスター、妹、板付き。コーヒー豆を色々と混ぜているマスター。本を読みながら人を待っている風な妹。カランコロンという音、ドア開いて占い師入ってくる。 マスター いらっしゃい。 占い師 いつもので。 マスター はい、キリマンジャロスペシャルね。 占い師 聞こえませんでしたか?いつものって言ったらエスプレッソですよね? マスター いやー、今日は断然キリマンジャロスペシャルがお勧めだよ。なんていっても私が先週現地まで行って買い付けて来たんだから。 占い師 それで先週お店閉めてたんですか? マスター もちろん。 占い師 暇な店ですね。採算あってるんですか? マスター 大丈夫だよ、人件費とかかかってないからね。お客さんこそ、いっつもうちにいるけど、大丈夫? 占い師 私はまだ見習いだからいいんです。こうしてコーヒーを飲みながら道に迷っている人を探しているんです。 マスター あんまり、うちの店にはそういう人いないと思うけどね。じゃあ、キリマンジャロスペシャル作るからね。 占い師 だからっ!…はぁ、いいです。それで。  占い師、鞄から水晶玉を取り出そうとして、ふと妹に目を止める。 占い師 お姉さん? 妹 ………(無視) 占い師 そこの本を読んでいるお姉さん。 妹 ………(あくまで無視) 占い師 お姉さん、困っていることがあるでしょう?私には分かりますよ。 妹 ………(目を上げて占い師を見るが、何も見なかった表情で文庫本に目を下げる) 占い師 そこのお姉さん、かなりさっきからイライラしてますね。誰かを待っているんでしょうか?今の時間は12時20分。すると、待ち合わせは12時だったんでしょうか?相手が来ないって腹が立ちますよね。でも、帰れない。 ということは、かなり重要な用件?雰囲気からして恋人を待つって感じでもないですよね。とすると待っているのは友人?いや、肉親… 妹 なんなのよ!あんた。さっきから。新手のナンパ? 占い師 いや、まさか 妹 (遮って)まさかって何よ! 占い師 いえ、失礼致しました。私、手相占いなどをやっておりまして。 妹 ああ、そっち系か。 占い師 いやそうに言わないでください。しかも勝手に決めつけないでください。 妹 だって、町で手相占いっていったらそっち系しかないでしょ? 占い師 一緒にしないでください。私は、どこにも属しません。ソロでやってます。 妹 日本語使い方おかしいわよ。それいうなら個人じゃない? 占い師 個人じゃタクシーみたいじゃないですか! 妹 まっどうでもいいけど(再び文庫本に目を落とす) 占い師 (咳払いをして)で、ですね。あなたがお悩み風でしたので是非私の占いで解決して差し上げようと… 妹 (目を上げずに)けっこうです。私、そういうの信じていないので。 占い師 (聞いてない)好みに合わせて何でもしますよ、手相、顔相、水晶、タロット、カルタに百人一首… 妹 後半もう占いじゃないじゃない! マスター その辺にしてあげなよ。お客さん困ってるじゃないか。 占い師 いや、困ってるからこそですね。私が導きを… 第2場  カランコロンという音、飛び込んでくる姉。 姉 ごめんねっ。綾ちゃん。お待たせ。 妹 遅い。徒歩5分だよね。どんだけ待たせるわけ? 姉 何か出かけるのなんか久しぶりで手間取っちゃって。 妹 おかげで変な人に絡まれちゃったじゃん。 姉 (今、マスターと占い師に気付き)あ、綾乃と一緒に待っていてくださったんですか?ありがとうございます。 マスター いや、そういうわけでは…あ、ご注文はいかが致しましょうか? 姉 店主様のお勧めでお願い致します。 マスター 店主様?…はぁ、かしこまりました。 姉 (占い師に)そちらの方も何か飲まれますか? 占い師 いや、私はもう注文したので 妹 お姉ちゃん!恥ずかしいから止めてくれない?大体、このエセ占い師には私絡まれてたんだけど? 占い師 姉妹?似てないですね。 妹 余計なお世話です。 姉 よく言われるんですよー。後は逆だと思われるんです。 占い師 逆? 姉 私が妹で、綾が姉だと。 占い師 なるほど。確かに。 妹 煩いわね。もう待ち人も来たしいいでしょ?さっさと消えて。目障り。 占い師 失礼致しました。  すごすごと隅っこの席に戻る占い師。 妹 で、人を呼び出しておいて遅れて何の用よ? 姉 そうつっかからないでよ。まずは、コーヒーでも飲みましょ。 マスター お待たせしました。キリマンジャロスペシャルです。 姉 ありがとうございます。(妹のカップを見て)あら、あなたもう空じゃないの。何か頼んだら? 妹 じゃあ、アイスティー。 マスター 当店はコーヒー店ですが? 妹 コーヒー屋なら紅茶くらいあるでしょ? マスター ございません。私はコーヒーが好きだからコーヒー店をやっているのであって、紅茶に興味はないので。 妹 はぁ!?私、胃が荒れるからコーヒー1日2杯以上飲みたくないんだけど? マスター では、胃に優しいカフェラテでよろしいですか? 妹 それもコーヒーでしょう!? マスター コーヒーを飲んでくださいっ!! 妹 はい!? 占い師 (席から)マスターにコーヒー以外の物頼むとスイッチ入っちゃうから駄目ですよー。 姉 本当にコーヒーがお好きなんですね。じゃあ、私と同じキリキリマイスペシャルで。 マスター かしこまりました。 妹 お姉ちゃん人の話聞いてた!?大体、キリキリマイスペシャルって何!? 姉 いいじゃない、何でも。そうやってすぐつっかかるの大人気ないわよー。 妹 そうやってすぐ年上ぶるのやめてくれない? 姉 だって年上じゃない? 妹 そういうことじゃなくて… 第3場 カランコロンという音。警察官が入ってくる。姉妹は気にせずけんか中。 警察官 こんにちは!変わりないですか? マスター あぁ、今日もご苦労さん。ここはいつでも平和だよ。 警察官 何よりです。 マスター 一杯飲んでいくかい? 警察官 いや、職務中ですので。 マスター コーヒーくらいいいだろう。 警察官 賄賂に当たる恐れがありますので。 マスター 別に利害関係がないから大丈夫だよ。ほら、座った座った。(気付けばコーヒーを出している)今日はねーいいのがあるんだよ。ほら、キリマンジャロスペシャル。 警察官 すみません。いつも。ありがとうございます。(姉妹を見て)けんかですか? マスター どうも姉妹で仲が悪いみたいだよ。 警察官 暴行事件に発展する前に止めましょうか? マスター いやそこまでしなくても大丈夫じゃないかな?ほら、身内のことだし。 警察官 なるほど。民事不介入ですね。  マスター ミンジフカイニュウ?まぁいいや。いやー、それにしても毎日熱心だねぇ。こんなとこ来ても事件なんか起こらないよ。せめて隣の銀行でも行けばいいのに。 警察官 いや、まずは町に馴染めって先輩から言われたので。そうじゃないと異変があっても気付かないって。 マスター なるほどね。 警察官 銀行は何だか冷たくて入りにくいのでまずは、喫茶店から攻略しようかと…商店街にある喫茶店には全部顔を出すようにしてるんですよ。 マスター 偉いなぁ。 占い師 そうか? 警察官 いえ、仕事ですから。それに皆さん親切で。どこに行ってもコーヒー出してくれるんですよ。 マスター それは何よりだね。 占い師 いや、それはどうなんですか? 警察官 あぁ、エセ占い師さん。よくお会いしますね。 占い師 えぇ。今日だけで5回目ですね。 マスター そんなに会ってるの!? 占い師 私もこの辺の店に出入りしてますから。 警察官 警察官としてエセ占い師が霊感商法に走らないよう見張っております。 占い師 だから私はただの占い師見習いでそういう商売はしてないって言ってるじゃないですか。 警察官 今はそうでもわからないじゃないですか。犯罪の芽は出る前に摘んでおかないと。 占い師 犯罪の芽…(マスターに)はぁ、私この人苦手なんですよね。ごちそうさまでした。おいしかったです。(捨て台詞のように)大体、こんなのどかなとこで、犯罪なんか起こるわけないじゃないですか。 第4場 カランコロンと激しく鳴る音。拳銃らしきものを持って強盗っぽい格好で飛び込んでくる銀行強盗。 強盗 強盗だ!手を挙げろ。 占い師 起こった…犯罪の芽。 警察官 はっ? マスター いらっしゃいませ。何にしますか?(と言いつつ、聞かずにコーヒーを入れだす) 強盗 何にするって何だよ!?金だよ、金!!早く出せよ。ほら、撃つぞ! 占い師 (警察官を見て)ちょっと、こんな時こそ何とかして下さいよ。いつも、正義の味方面してたじゃないですか!? 警察官 (無言でクビを振り、おもむろに手を挙げる) 占い師 従うんですか!?(言いながらしぶしぶ手を挙げる) 強盗 そっちのお兄さんはわかってるじゃん。ほら、おじさんも手を挙げて。 マスター 今日はいいコーヒーがあるんだよ。ほら、キリマンジャロスペ… 強盗 (マスターに銃を突きつけ)呆けてんのか!? マスター (やっと事態を飲み込む)わぁ!?えっどういうことですか?強盗?コーヒー!?キリマンジャロ?(以下、意味不明なことを叫ぶ) 強盗 うるっさい!!黙って大人しく金を出せ!(姉妹に気付き)おい、そっちの二人も状況わかってんのか!! 妹 いっつもお姉ちゃんはそう!自分が正しいって顔してる。 強盗 おい、聞けよ。 姉 そんなことないわよ。それは綾ちゃんの被害妄想でしょ?私は、綾ちゃんのことちゃんと認めてるし、頑張ってるっ て思うわよ。 強盗 聞けって言ってんだろ!(銃をつきつける) 妹 (無意識に銃を手で払う)また上から目線?大体私だってもう22なんだから綾ちゃんとか呼ぶの止めてくれないかなぁ!? 姉 でも綾ちゃんは綾ちゃんじゃない。 妹 だからそういう保護者面がむかつくって言ってるの!!私は、一人でちゃんと暮らしてるんだからほっといてくれな いかな。家も遺産もいらない。だからもう私に構わないで。 強盗 (弱弱しく)話、聞いてくれよ。 姉 でもお父様とお母様の遺産は二人のものだもの。折角2人が建てた家があるんだから一緒に住みましょうよ。一人で住むなんて勿体ないわ。 強盗 俺の話… 妹 私が稼いだお金で私が何しようと勝手でしょ!? 強盗 俺の話を聞いてくださいっ!!! 姉妹 煩いっ!! 強盗 すみません。  姉 あら、つい。すみません。 妹 誰、あんた? 強盗 何度も言わせるな、強盗だ! 妹 (全然信じてない感じで)まさかー。 姉 そういう格好最近流行ってるの?  マスター、占い師、警察官、手を挙げたまま首を振る。 妹 本気!? 強盗 本気だ。死にたくなければ手を挙げろ。 姉 綾ちゃん。手、挙げた方がよさそう… 妹 言われなくても分かってるわよ!!  すごすごと手を挙げる2人。 強盗 よーし、やっと静かになったな。おい、店長。金をもってこい。 マスター 店長? 強盗 金だよ、金。いっぱいあるだろ。預金がさ。 警察官 預金? 強盗 おい、聞いてんのか!? 占い師 あの、もしかして銀行強盗ですか? 強盗 最初からそう言ってんだろ!? マスター ………うちはコーヒー店です。 強盗 はっ!? マスター だから、当店はコーヒー店です。 占い師 銀行は、隣です。お間違えのようですので、出口はあちらになります。 警察官 あ、では自分が銀行までご案内いたします。 強盗 それは、失礼しました。(帰ろうとする)…ってわけに行かないだろ!?もう、始めちゃったもんな。お前ら。俺がここ出たら通報するだろ? マスター しませんよ。あはははは。 姉 しません。 妹 しないわよ、そんなこと。めんどくさい。 占い師 しませんよー。関係ないですし。 警察官 即、通報します。 マ・占・姉妹 何正直に答えてるんですかー!!! 強盗 だよねー。じゃあ、何かもういいや。とりあえず腹減ったから飯っ!! マスター はい? 強盗 喫茶店なら軽食くらいあるでしょ。サンドイッチでも何でもいいから何か食い物出して。 マスター 当店はコーヒー店ですので、まずはコーヒーをお楽しみください。(先ほど用意していたコーヒーを出す) 占い師 (たしなめる感じで)マスター。 強盗 うるせーな。腹減ってんだよ。 マスター コーヒーを飲んでください。 妹 ちょっと!! 強盗 ごはん。 マスター コーヒー。 強盗 ごはん。 マスター コーヒー。 強盗 ごはん。 マスター コーヒー!!! 強盗 分かったよ。飲めばいいんだろ?飲めば。はいはいはい。(一気に飲み干す) マスター あああ、もっと大事に飲んでくださいよ。 強盗 うまいっ!うまいな、マスター、このコーヒー。 マスター 分かりますか!?この味が。先週現地で買い付けて来たんですよ。 強盗 いや、悪い。そんなに詳しくはないんだけどとりあえず美味い。 マスター いや、分かってくれればいいんです。コーヒー好きに悪い人はいない。 妹 強盗だけどね。 姉 きっと深い理由があるのよ。 妹 あんたは強盗に理解を示す前に自分の妹のことを理解した方がいいんじゃない? マスター じゃあ、コーヒーも飲んでいただけましたし、私は奥で何か作ってきますよ。 強盗 おい、ちょっと勝手に移動するなよ。一応、お前も人質なんだぞ。 マスター あっ、そういえばそうでした。 強盗 緊張感ねぇなー。 マスター でも、奥に行かない火が使えないので…それに奥に出入り口はないですよ。 強盗 いや、わからないからな。念のため俺もついていく。(他の人質を見渡して)お前らは… 占い師 逃げないです。 姉 逃げません。 妹 逃げませんよー。  占い師、姉、妹無言で警察官を睨む。 警察官 ニゲナイデス。  3人頷く。 強盗 (あっけらかんと)よし、じゃあ通報したらこのマスター撃つからな。そうしたらお前ら寝覚め悪いだろ。逃げるなよ? マスター へっ?私撃たれるんですか? 強盗 当たり前だろ。ほら、早く飯作れ。  マスター、強盗連れ立ってはける。 第5場 占い師 さて、逃げますか? 姉 えっ?それじゃあの人撃たれちゃうじゃないですか? 占い師 大丈夫でしょ?何かあの強盗間抜けそうですし。 妹 それもそうね。 警察官 ですが、マスターが… 占い師 あなたは私たち4人とマスターどちらが大切なんですか?今、逃げてしまえばとりあえず人質はマスターだけになる。5人の被害者が1人になるんですよ。いいじゃないですか。 警察官 いや、自分は警察官ですから民間人より先に逃げるわけには… 占い師 じゃあ、あなたは残ってください。それでも5人が2人です。 姉 でも、戻ってきた強盗が急に怒って2人を撃つかもしれないわ。そんなのいやじゃない? 妹 自分が撃たれるのはいいわけ? 姉 そういうわけじゃないけど…きっとしばらく待ってれば誰かがおかしいと思って助けてくれるわよ。 妹 誰かって誰? 姉 それはその…警察官とか。 占い師 そこにいますけどね? 警察官 面目ないです。ここはやはり自分が突入して奴を抑えてきます! 占い師 止めたほうがいいですよ。あんたさっき、犯人がいるときほとんどひとっこともしゃべってないですよね?怖いんでしょ? 警察官 いや、さっきはちょっとびっくりして… 妹 頼りにならなーい。 姉 そういうこと言っちゃ駄目よ。失礼じゃない。 妹 事実でしょ?だからほら、自分の身は自分で守るしかないわけ。誰も助けになんて来てくれないよ。 姉 そんなことないわよ。きっとほら、近所のお店の方とか… 妹 あんたってほんと他力本願だよね。 姉 えっ? 妹 そういうところが嫌いなのわかんないかな?ってかさ、24にもなって実家にいて、就職もせず、大学も行かず、家事手伝いとかさ、いまどきないよね。恥ずかしくないわけ? 占い師 生粋のお嬢様ですね。 警察官 自分、お姉さんの方知ってますよ。ほら、丘の上の朝宮家ですよ。 姉 だって、2人とも家を出たらお父様とお母様が悲しむわ。 妹 出たくないだけでしょ? 占い師 ああ、あの大豪邸ですか。 警察官 かなり財産があるという噂なので巡回のときも重点ポイントの一つとしています。 姉 綾は出たいから出ただけでしょ? 妹 そうよ、それの何が悪いの? 占い師 険悪になってきましたね。止めた方がいいんじゃないんですか? 警察官 (止めようとして間に入れない)  姉 2人の気持ちなんか考えもせずにね。 妹 別に、学費も家賃も自分でまかなってるんだから誰にも迷惑かけてないでしょ? 警察官 民事不介入です。 占い師 はいはい。 姉 そういうことじゃなくて、もっとほら会えないと寂しいとかそういう。 妹 私は寂しくないけど? 姉 そうじゃなくてっ!そう、だよね、お葬式にすら遅れてきた綾ちゃんにわかるわけないか。 妹 …第一志望の最終面接だったのよ。別に好きで遅れたわけじゃない。 姉 でも、何とかしようと思えばできたでしょ? 妹 ……… 姉 それほど嫌だったの?うちが。両親が死んでもまだ家に帰りたくないくらいいや。 妹 ……… 姉 ねぇ、綾ちゃん意地張ってないで一緒に暮らそう。 妹 家には今も庭師と家政婦とコックがいるの? 姉 もちろんよ。あんな広い家一人じゃ片付けられないわ。 妹 …私はお姉ちゃんや両親みたいに何もできない人になるのは真っ平。非常識なくせに非常識だってことにも気付かない。東大の合格通知を平気で捨てて、女子大に裏口で入りなさいとか言ってくるような大人にだけはなりたくないわ。 姉 なに、それ…? 妹 知らないの?知らないならいいわよ。別に。あんだけ勉強してて私が一浪するわけないじゃないっ!あの家じゃ普通の受験勉強すらできないのよ。 第6場  凍った空気の中に強盗とマスターが帰ってくる。 強盗 いや、お前料理美味いな。もっと料理もプッシュしていけばいいのに。 マスター いやー、ほら私はコーヒーにしか執着が示せない不器用な人間ですから。 強盗 もったいないなー。(周りを見渡して)ん?何か空気変わってないか? 占い師 修羅場です。この人が止めてくれないので悪化しました。 警察官 いや、自分は公権力がむやみに私人の争いに入るのはよくないと思っ 占い師 (遮って)はいはい。 強盗 お前ら、うるさいぞ。人が来たらどうするんだ。 妹 知らないわよ。 姉 すみません。 妹 それより、(銃を見て)それ貸して。 強盗 はいはいってこれ!? 妹 それよそれ。何度も言わせるんじゃないわよ。 強盗 いや、渡すわけないだろ。渡したら逃げるだろうが。 妹 逃げないわよ撃つだけ。 強盗 俺を!? 妹 (姉を指して)あれを。 強盗 いや、打っちゃ駄目だろ。お姉さんだろ?あれ。 妹 だから? 強盗 はっ? 妹 妹が姉を撃っちゃいけないなんて誰が決めたの? 強盗 そもそも人が人を撃っちゃいけないんだよ!! 全員 お前が言うな!!! 強盗 すみません。 妹 はぁ、なんなのよ。あんたホントに強盗?気が抜けちゃったわ。何か私も食べ物もらってきていい? マスター 奥にサンドイッチならありますよ。 妹 ちょっと行って来る。(強盗に)どうせ奥に出口はないんでしょ? 強盗 ああ、なかった。  妹、はける。 警察官 大丈夫ですか?朝宮さん。 姉 大丈夫です。あら、あなたよく見ればいつもうちの周りをぐるぐる回ってるお巡りさんね。 警察官 覚えてくださってましたか!?自分は4月に赴任してから毎日お宅の周りを巡回しておりました。 姉 そうなの。たまには、インターフォンでも押してくださればいいのに… 警察官 いえ、まだあの邸宅は自分にはハードルが高く、ときどきインターフォンを押してもつい逃げてしまっておりました。 占い師 それ、世間ではピンポンダッシュって言うんですよ。 姉 じゃあ、今度は逃げないでくださればお茶くらいご馳走しますわ。 警察官 ほんですか?ありがとうございます! マスター 良かったね。これで喫茶店巡りから一歩前に進めるね。 占い師 じゃあ、めでたし、めでたしということで帰りましょうか? 警察官 (元気よく)はいっ! 強盗 おかしーだろ!!お前らちょいちょい俺のこと無視するよな?俺、銀行強盗なの!もう少しおびえてくれない? 占い師 いやー、何かあなた緊張感がないんですよね。大体、ここ銀行じゃないですから性格には喫茶店強盗です。 強盗 緊張感がないのはお前らだっ!! マスター 料理もコーヒーも味わってくれたし。いい人なんでしょ? 姉 さっきもかばってくれましたし。 占い師 きっとまだ自分の真実の気持ちに気付いていないだけです。 強盗 うるさいっうるさいっうるさい!お前らに何がわかる!!! マスター 多分何もわからないですけどね、とりあえず聞くことくらいはできますよ。 警察官 自分にできることでしたら協力します!! 占い師 手相占い、顔相占い、タロット、トランプ、百人一首なんでもしますよ。 姉 お金ならあげますよ。 マ・警・占 いやそれはちょっと… 強盗 分かったよ、話せばいいんだろ。話せば。 占い師 まぁ話さなくてもなんとなくわかりますけどね。その風貌と声から考えるにあなたはまだ若い。若くて大金が必要になるといえば考えられるのは横領かギャンブルか女、もしくは病気。見たところ、前者の3つをやるようには見えない。よって残る選択肢は病気。あなたには白血病に苦しむ妹さんがいてその莫大な医療費を払うために強盗を… 姉 かわいそうに。 警察官 そうだったのか。 マスター つらかったんですね。 強盗 何かきれーにまとまってるけど若いってこと以外一つも合ってねーから!!!俺は、妹もいないし。両親も死んでるからずっと一人暮らし。で、就職難で就職できなくて派遣で食いつないでたけど、とうとう派遣も切られて電気   もガスも止まって、最後に水道が止まったときにもうどうでもよくなったの!!!それだけ! 姉 そんなことで… 強盗 そんなことだよ。悪かったな。おじょうさんにはわからないだろうけど人間、稼ぎもなくてたのしーことも一つもないと案外簡単に落ちるんだよ。 警察官 とりあえずハローワークに行きましょうよっ! 強盗 行ったよ!ハローワークなんて毎日毎日!受付のお姉さんに嫌な顔されるまで行ったよ!俺が水道止まるまで何もしなかったと思うなよ。 マスター 企業は不況になると簡単に人を切りますからね。 強盗 おっちゃんはわかってくれるんだな。 マスター ええ、私も昔は会社員でしたらから。でも合わなかったので退職勧奨で真っ先に辞めました。 強盗 そっか。俺も店とかやってみたかったな。 占い師 何も過去形で語らなくてもいいじゃないですか。そのお姉さまに頼めば店を出すくらいのお金はきっと出してくれますよ。ねっ? 姉 ええ、困っている方のだめでしたら! 強盗 ありがとう。でもさ、それはなんかさ違うだろ? 警察官 駄目なんですか? 強盗 いや、なんていうかさ。こういうこと言うとベタだけどさ、知って欲しかったんだよ。頑張ってもどうしようもない奴もいるって。ホームレスとか生活保護受けてる奴とかこうなる前はもっと頑張れよ、何とかなるだろって思っ   てたんだけどさ。こうなってみて違うなってわかったんだよ。…なんていうか、駄目なときって駄目なんだよ。そういうことってあると思うんだ。 マスター それはそうかもしれないですね。 第7場 妹、戻ってくる。 妹 じゃあ、こういうのはどう? 強盗 あんたいつから聞いてたんだよ! 妹 大金が必要になるのは横領かギャンブルか女って辺りから 強盗 ほとんど全部かよ! 占い師 しかも私の失敗をあげつらわないでください。 妹 まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどね。この店盗難保険入ってますか? マスター いや、まぁ入ってますけど。 妹 いくらのですか? マスター えーと、確か満額で500万くらいだと思います。 占い師 なるほど。 姉 えっ?綾ちゃんどういうこと? 妹 じゃあ300万円くらい強盗に遭ってもいいですよね?まぁ、もし保険が降りなくてもそのとき返してもらえばいいわけですし。 警察官 ちょっとそれじゃ詐欺じゃないですか!? 妹 ええ、詐欺です。盗難保険詐欺。 姉 犯罪じゃない。 占い師 でも誰も気傷つかない。 姉 それはそうかもしれないですが… 警察官 自分は警察官として目の前で犯罪が行われることを見逃すわけにはいきません。 妹 目の前で市民が苦しんでいるのはいいんだ? 警察官 それはその… 妹 これで警察に突き出したらこの人刑務所の暮らしの方が楽だからとか言って前科30犯くらいになっちゃうかもよ。 強盗 何であんたがそんなに協力的なんだ? 妹 別に。私は頑張らないで生きてる人も頑張って生きれない状況も嫌いなの。 警察官 そんな理由で犯罪を? 占い師 私は賛成ですよー。楽しそうですし。マスターはどうですか? マスター うーん、正直可哀想だとは思うが、抵抗もある。うちの店のことだしね。 占い師 3対3。接戦ですね。 姉 そんな危険なことしなくても300万円くらいうちが払えば済む話じゃない。 強盗 (苦笑して)300万円くらい、ね。ちょっと妹さんの気持ちがわかってきたわ。 妹 そうでしょ? 警察官 お姉さまは常識的ないい方ですよ。 妹 あんたにお姉さまって言われたくないわ。もらうんじゃ意味がないっていうさっきの話聞いてなかったの? 姉 でも、詐欺なんて… 占い師 じゃあ、見てみぬフリをすればいいじゃないですか。マスターと警察官とお姉さんにはどっか買出しにでも行ってもらってその間に強盗に遭ったということで駄目ですか? マスター まぁ、それなら私たちはあまり事情聴取されないだろうねぇ。 占い師 マスターは常連客にちょっと店を任せてサンドイッチの材料を買いに行ってたってことでどうですか? マスター うーん…。(強盗に)あなたはどうしたいんですか? 強盗 俺?俺は… 第8場 突如鳴るインターホン。 米屋 (声だけ)すみませーん。げんき米店です。配達に参りましたが、お留守ですか? 全員 … 米屋 (声だけ)マスター。注文どおり20キロ持ってきましたよー。重いんで開けてくださいよー。 強盗 誰だよ? マスター お米屋さんです。いつも配達頼んでまして… 占い師 ああ、確かにいつもこんな時間帯に来ますね。 妹 どうするんですか?開けないとおかしく思われますよね。 マスター 開けてもこの状況じゃおかしく思われますよ。 占い師 開ければそこの強盗は逮捕されます。皆さん、それでよろしいんですか? 姉 それは…そこまでしなくても。誰も被害に遭ってないわけですし。 警察官 でも、立派な強盗未遂ですよ。 米屋 (声だけ)すみませーん。 妹 もうどっちでも早く決めないと! マスター さっきの質問に戻りますけど、あなたはどうしたいんですか? 強盗 俺は… マスター あなたは? 強盗 そりゃ、やり直せるチャンスがあるならやり直したいよ。仕事だってあれば何でもするし。ガスと水道と電気のある人並みの生活がしたいよ。 姉 どろぼうさん… マスター そうですか。皆、じゃあ私もさっきの案に賛成します。 占い師 では、4対2ですね。賛成多数ということでよろしいですか? 姉 はい。 警察官 えっ?お姉さんも? 姉 だって、逮捕されるのはかわいそうです。 妹 あっさり裏切られたわね。5対1。あきらめなさい。 マスター じゃあ、私が米屋さんの対応している間にあなたは裏口から逃げてください。 強盗 えっ?裏口あったのか? マスター もちろんです。さっきのキッチンの方じゃなくこっちです。(さっきと違うはけ口を指す)。 占い師 じゃあ、こちらは店内をなるべく荒らして、私たちも脅されていた感じにしましょうか。 米屋 (声だけ)留守かなぁ。電話かけてみるか。  店の電話が鳴る。 マスター 米屋さんです。急いでください!  音楽に併せてコミカルに動く。ダンスを交えてもあり。強盗、荷物をまとめる。どこかからお金を出してきて強盗に渡 すマスター。警察官はまだ邪魔しようとしてフライパンで妹にはたかれる。占い師は姉に指示して二人で部屋の中の椅子 をひっくり返す。はたかれた警察官は墨の方に置いて他の皆はそれぞれ手を挙げて後ろ向きに立った状態にする。強盗、 準備を終える。深く、全員にお辞儀をして「ありがとうございました!」と言って走り去る。暗転。  薄暗い喫茶店の中。以下、一つずつ椅子か何かを直しつつ台詞。 姉 えぇ、いきなり強盗がやってきてとっても怖かったです。 占い師 はい。びっくりしました。でも、マスターが素直にお金を出してくれて…私たちは何もされませんでした。 妹 手を挙げてじっとしている間にすべてが終わっていて。 マスター はい。取られたのは金庫の300万円です。あとは大丈夫です。(警察官に)そうですよね? 警察官 ハイ。 姉 えっ?犯人の顔ですか? 占い師 顔?犯人の? 妹 どんな格好だったか? マスター どんな服、ですか? 警察官 逃げた奴の風貌? 全員 覚えてないですね。  音楽入る。暗転。 第9場 明転。最初と同じ喫茶店の様子。一つのテーブルには姉妹。もう一つに占い師。 妹 えっ?お姉ちゃん、あの家売るの? 姉 だって綾ちゃんは住んでくれないし、一人で住むには広すぎて… 妹 お姉ちゃんはどうするの? 姉 私も少しでも生活力を身につけるために綾ちゃんの家の近くにマンションでも借りようかと… 妹 いいよ。遠いところに住んでよ。大体、コックさんとかはどうしたの? 姉 みんな辞めていただくことにしたの。 妹 ちゃんと次の就職先とか探してあげたの? 姉 えっ? 妹 退職金は? 姉 なあに?それ? 妹 よくそれで何も言われなかったね!? 姉 ああ、まだ言ってないのよ。家探したら言おうかと… 妹 その前にお姉ちゃんは私と話さなくちゃいけないことがたくさんありそうねっ。  警察官、入ってくる。 警察官 こんちには。今日も変わりありませんか? マスター あぁ、大丈夫だよ。ここは平和だからね。 警察官 その言葉には全く説得力がありません。昨年の強盗も未だ逃亡中ですからね。 占い師 よくいいますね。その件についてはあなたも同じ穴の狢でしょうが。 警察官 放っといてください。私は強引に仲間にされただけです。 占い師 仲間だってことは認めるんですね。 警察官 せっかくエセ占い師が霊感商法に走らないように監視していたのに結局自分が巻き込まれてしまうとは… 占い師 だから私はエセ占い師ではありません。大体、あなた朝宮家のお姉さん相手に逆玉狙ってるって評判ですよ? 警察官 ちょっ何のことですか!?そんないわれのないことを言われる覚えは… 姉 こんにちは。警官さん、よくお会いしますね。 警察官 こんにちは!朝宮さん!ちなみに自分には菅野という苗字が… 姉 そうなんですかぁ。それは失礼致しました。 占い師 噂になるほど通っても名前すら覚えてもらえないんですね。 警察官 ほっといてください。 マスター まぁまぁ皆さん落ち着いて、これでも飲んで下さいよ。 妹 今日はどこのコーヒーですか? マスター 今日はスリランカのコーヒー。名づけてスリジャヤワルダナプラコッテスペシャル! 占い師 すりじゃや…なんですか??それ。 マスター スリランカの首都の名前だよ。スリジャヤワルダナプラコッテ。 姉 あら、おいしそうですね。スリじゃやだなスペシャル。 妹 お姉ちゃん、略し方おかしいよ。 警察官 いいじゃないですか。元の名前より大分分かりやすいですよ。  皆でわいわいやっているところにカランコロンという音。強盗が普通の格好で入ってくる。 占い師 あっ! 妹 あっ。 マスター あぁ! 姉 えっ? 警察官 あー! 全員 あー!!!  音楽、入る。札束を渡して深々と頭を下げる強盗。皆それぞれのリアクションで強盗に近寄る。コーヒーと他にも料理を出してくるマスター。お祝いのような雰囲気で終わる。その絵を残しつつ暗転。  ---------------------------------------------   以上、いかがでしたでしょうか?   よろしければ下記のページより、感想を御記入下さい。   もちろん、叱咤激励なんでもかまいません。   作者の方の励みにもなりますので・・・    http://haritora.net/bbs/?type=7421   また、下記ページから作品の評価登録も可能です。(要登録)    http://haritora.net/critic/member/look.cgi?script=7421  それでは、今後とも『はりこのトラの穴』をよろしくお願いいたします。